特例貸付は休業や失業で収入が減少した者に貸付するものだが、収入が減少したというのは本人の記入した申立書のみで申請可能であり、給与明細や事業収入の入出金が確認できる預金通帳などの提出が必要であるわけではない。しかも資産要件もない。
窓口は民間団体である市町村社会福祉協議会(社協)が担っているが、コロナ禍により対面での審査は実施せず、郵送でのやりとりで貸付決定をしている例も少なくない。
しかも、YouTubeでは、公認会計士や税理士による解説動画が無数にアップロードされ、なかには「実質給付!?」などの過激なサムネイルを用いたものもある。たしかに特例貸付には返済免除があるが、対象となるのは全体の一部に過ぎないにもかかわらず、である。その根拠となるのが、特例貸付に続いて発表された「自立支援給付金」の利用者数である。
収入・資産要件が入ると、申請が激減
自立支援給付金は、正確には「新型コロナウイルス感染症生活困窮者自立支援金」という。国は当初、総合支援資金貸付の貸付期間延長によって事態を乗り越えようとしていた。しかし、貸付総額が高額になり、このままでは返済不能となる利用者が続出するとの社会的批判を受ける形で、新たな給付金制度として自立支援給付金を創設した。
21年7月以降、申請した月から3カ月間、単身世帯は月6万円、2人なら同8万円、3人以上は同10万円が支給される。対象となるのは特例貸付200万円を借り切った人と、何らかの理由で特例貸付を受けられなかった人である。
国は、特例貸付の利用額が1兆円を超えたことなどを踏まえ、自立支援給付金の対象世帯を20万世帯と見込んで約589億円の予算を確保した。これに対し、8月末時点の申請件数は全国で7万6979件。このうち支給決定は5万79件、40億3700万円だった。国の想定の約1割である。
どうしてこうなったのか。原因として考えられるのが、自立支援給付金の支給要件には、総合支援資金貸付にはなかった収入・資産要件が加えられたことである。具体的には、①収入要件(例:東京都特別区単身13.8万円以下、2人世帯19.4万円以下)、②資産要件(100万円以下など)、③求職要件(ハローワークへの求職申込など)の3点である。
200万円を借りた人が要件を満たしている場合に、返済義務のない自立支援給付金を申請しない理由はないだろう。「踏み倒そう」という悪意がある場合を除いて、100万円以上の預貯金があるにもかかわらず、生活費を目的として新たに200万円を借入するとは考えにくい。フリーランスや自営業などで仕事にこだわりがあるという例を除けば、大半は、収入要件を超える収入があるため自立支援給付金の対象から外れたと考えられるだろう。
特例貸付の返済免除の対象となるのは、返済時に所得の減少が続いており、住民税が非課税となっている世帯などに限られる。住民税は前年の所得をもとに決まる。非課税となる基準は扶養人員数などによって異なるが、単身世帯で年収100万円以下が目安となる。つまり、自立支援給付金の収入要件よりもずっと厳しいものになっているのである。
これらを踏まえれば、緊急小口資金や総合支援資金の特例貸付を受けた者の約9割は減免規定をクリアできないことになる。すなわち、国は、1兆円に迫る担保も保証もない個人向け貸付金をいずれ回収しなればならない、という推測がなりたちうる。適切な債権回収が行われなければ、「借り得」を税金で補填することになる。
暴力団関係者の資金源に、逮捕は氷山の一角
問題はこれに留まらない。特例貸付を暴力団組員がだまし取る事件が全国で相次いでいる。筆者が全国の新聞記事データベースで確認しただけでも、東京都、石川県、長崎県、群馬県、山梨県、宮崎県で詐欺事件として暴力団組員が逮捕されている。
特例貸付では暴力団組員を対象外としており、暴力団関係者でないことを確認する項目がある。しかし、自己申告にすぎず実際の確認作業は先述の通り都道府県の社協に委ねられている。
新聞報道によれば、山梨県社協では審査の際、申請者が暴力団関係者かどうかを県警に1件ずつ照会してきたが、特例制度が始まって以降は申請が急増し、個別に照会することができなくなった。たまたま新聞報道を読んだ県社協の担当者が県警に照会し、不正がわかったという。県警幹部は「こうした不正は氷山の一角だろう。厳格な対応をとる必要がある」と警戒する(読売新聞オンライン、2020年10月5日)。