2022年8月17日(水)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年12月7日

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 習近平思想は、始まったばかりであり、どういう歴史的評価を受けるかは、これからしばらく経った後のことになる。しかも、歴史決議を通した時点での党内の声望と権威は、毛沢東、鄧小平に比して大きく劣るのだ。習近平の茨の道は続く。

党の規約を超えられるのか

 習近平と、その側近たちに「集団指導」を忌避し「個人崇拝」を好む傾向は確かにあり、何度もその方向に舵を切ろうとしてきた。しかし、党内の多数は、依然としてそれに同意していない。習近平は確実に権力を強化してきているが、「個人崇拝禁止」、「集団指導堅持」という党規約の定める枠内でのことである。

 今回も、「全党の核心」という新たな言い方を導入し、習近平の「党中央の核心、全党の核心」としての地位を擁護すると書き込んだ。これを「2つの核心」として、習近平に近い宣伝部門や規律検査部門は喧伝している。これが実際に何を意味するかは来年の党大会に向けて何が決まるかによる。

 1945年から76年まで毛沢東が務めた共産党中央委員会主席(毛沢東が76年に死去した後82年に廃止)の復活を狙っているという説もあるが、問題はその中身であり、果たして「集団指導」と「個人崇拝禁止」を否定できるのか。それを定めた鄧小平の歴史決議を肯定した今、その実現は極めて難しいと言わざるを得ない。

  
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