2023年1月31日(火)

未来を拓く貧困対策

2021年12月16日

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大山典宏 (おおやま・のりひろ)

高千穂大学人間科学部教授

1974年生まれ。社会福祉士。立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科博士後期課程修了。コミュニティ福祉学博士。日本社会事業大学大学院福祉マネジメント研究科修了。福祉事務所や児童相談所での相談業務、生活保護利用者の自立支援事業の企画運営等の行政経験を経て、現職。著書に『隠された貧困』(扶桑社新書)『生活保護vs子どもの貧困』(PHP新書)『生活保護vsワーキングプア』(PHP新書)など。

社協職員として持った決意

 「社協がやっている夜の学習支援の時のことです。参加した子が災害備蓄品の缶詰を取り出したのです。他には何もありません。缶詰だけです。母親から、『晩御飯だから』と渡されたというのです。その子は、缶詰を温めることもせず、そのまま食べていました」

 古賀さんは、当時のことを思い出すように言葉を絞り出した。

――その缶詰は、昼間、社協に相談に来た母親に渡したものでした。

 「母親は、どんな気持ちで、その子に缶詰を渡したのだろうと考えました。もしかしたら、ほんの軽い気持ちで渡したのかもしれない。他に渡すものがなくて、どうしようもなくて渡したのかもしれない。実際どうなのかは、わかりません。でも、こう思ったのです。『災害備蓄品を渡すのはダメだ。災害備蓄品は災害備蓄品として提供されるべきであり、常食として提供される物ではない』」

 考えてみれば当たり前のことだが、ひとり親家庭には必ず子どもがいる。しかし、相談窓口の職員は、ともすればそのことを忘れがちである。相談窓口に子どもたちが来ることは、めったにないからである。人間、目の当たりにして初めて実感できることがある。古賀さんにとって、缶詰を食べる少年はそれまでの支援を見直すきっかけとなった。

 「あったか食事パックを始めるときに、どんな商品だったら喜んでもらえるだろうと考えました。段ボールを開けたときに、『わあ、これ食べたことない』と驚いてほしい。たとえ数日であったとしても、『よかったね。美味しいね』とご飯を食べてほしい。そう考えながら、強いこだわりを持ってスーパーで商品を選びました」

 貸付を担当する小林さんは、あったか食事パックを渡すとき、明らかに相談者の表情が変わるという。「厳しい表情をしていた人が、柔らかい表情に変わる。警戒していた人も、事情を詳しく話してくれるし、こちらの話も聞いてくれるようになる」

「あなたを大切に思っている」というメッセージ

 もし、自分がコロナ禍で仕事を失い、あるいは収入が減少し、特例貸付の利用を考えたらと想像してみる。You Tubeでノウハウを学んで書類を作成し、郵送でのやり取りだけで貸付金が振り込まれたらどう思うだろうか。

 「やったぜ!月20万ゲットだ」と喜んでしまう気がする。社協の債権回収の体制が脆弱であることも調べればすぐにわかるから、「まあ、返せなくても仕方がないか。こっちも生活が厳しいし、それがわかって貸しているのだから、相手にも責任がある」と自分を納得させる言い訳を考えてしまいそうだ。私は弱い人間である。ズルが許される環境で、我慢できるかは自信がない。

 一方で、貸付にあたって対面での相談が条件だとしたらどうだろうか。少し面倒だなと思いながら窓口に向かうだろう。どんな仕事をしているのか、収入はどのくらい減ったのか、今後の見込みはどうなのか、根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だなと思う。

 窓口の人間が冷たい人間で、上から目線で説教されたらどうしよう。でも、背に腹は代えられない。ほんの少しの我慢だ、頭を下げてでも貸付を受けよう。そういう、惨めな気持ちで相談に行くだろう。

 そこで、「よく相談に来てくれました」と声をかけてもらえて、現金5000円とあったか食事パックを手渡されたら、どうだろう。踏み倒すことを考えていた自分の心を恥じて、生活が安定したら、まず社協の貸付を返済していこうと考えるだろう。その程度には、善良な人間である。

 それは、5000円がもらえたから、高級なレトルト食品がもらえたからではない。一人の人間として扱ってもらえることを有難いと感じるからであり、それに一人の人間として何とか応えていきたいと考えるからである。


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