そこまでの苦労をして「どうして月に行くの?」
ただ、気になる点もある。そこまでの苦労をして「どうして月に行くの?」という疑問だ。
「長期的に考えると、人類を存続させるためです。地球の歴史上、これまで最低5回は、大量絶滅期を経験しています。隕石が衝突したり、環境破壊が進んで地球に住めなくなったりし
人類が月面で活動する場合、現状では技術の問題とコストの問題、どちらのほうが問題としては大きいのだろうか。また、大航海時代などでは、ヨーロッパの探検家が、アメリカ大陸やアジアに出かけ、香辛料やジャガイモなど、ヨーロッパにはない産物を持ち帰ることで新しい価値を生み出した。しかし、貴重な資源が月にあったとしても、物流コストを考えると、地球に持ち帰ることは現実的ではない。
「もちろん、技術的な課題もありますが、コストの問題のほうが大きいと思います。現在の技術力があれば、人類が月に住むことは可能だと思います。一方で、短中期的には、地球に対して月から物質的な価値を持ってくるということは現実的ではありません。核融合技術が完成すれば、ヘリウム3を持ってくる可能性もありますが。ですので、最初に月で得られるのは、知識や経験の価値だと思います。知識というのは、月の成り立ちを知ることで、地球や宇宙、そして生命の謎を解き明かすことです。経験という点では、観光など月で過ごす人が増えれば、その好奇心を満たすことができます」
実は、2022年度、佐伯教授も携わる小型月面着陸実証機「SLIM (Smart Lander for Investigating Moon) 」の打ち上げが行われる。
「私は、マルチバンドカメラという機器の担当をしています。これによって「かんらん石」(月のマントルから来たもの)を調べることで、月がどのようにしてできたのかを絞りこむことができます。また、注目していただきたいのは、SLIMがピンポイント着陸することです。100㍍の範囲内で月面に探査機を着陸させるという精度は世界で初めての取り組みになります」
最後に、月(宇宙)に携わる人々に必要な心構えについて佐伯先生が語ってくれた。
「例えば、月には炭素がないために、地球のように鋼鉄を作ることができません。しかし、月にあるアルミやチタン等を混ぜれば、炭素の代用はできます。月でも地球でも物理法則は不変です。だからこそ、基礎知識をしっかり身に付けた上で、地球の常識にとらわれない柔軟な発想ができる人こそが、これからの月面開発、宇宙研究に求められる人材になります」