2024年12月22日(日)

山師の手帳~“いちびり”が日本を救う~

2022年4月18日

 今回は、中国の最大手のニッケルメーカーの大損失取引について書いてみたい。名付けて「幻のニッケル事件」だ。

ニッケル地金(Waldemarus/gettyimages)

 ウクライナ戦争の開戦前、中国のステンレス鉄鋼大手の青山集団が、世界市場の秩序を無視して、15万〜20万トンのニッケルで、「ショートポジション」を取っていた。ショートポジションとは、いわば「空売り」のことで、青山側としては、ニッケル価格が下落することを予想して先に売り、値下がったところでニッケルを買うことで利ザヤを稼ぐこと狙っていたわけだ。

 しかし、突如としてウクライナ戦争が勃発。ニッケル価格が高騰したため、青山側は、「マージンコール」、つまり、追加の証拠金(担保)を、瞬間的には30億ドル(3600億円)以上も払わなければならない状況に追い込まれた。

 ところがその後、銀行との話し合いが成立し、ロンドン金属取引所(LME)は、3月8日に停止していたニッケルの取引を16日再開させた。

 これでは、「やり得」とも言える決着の付け方で、真面目にやっている側からすれば、たまったものではない。

 ウクライナ戦争が、2月24日に始まってから、ニッケル相場がトンあたり3万ドルから、いっきに10万ドルにまで暴騰した。なぜなら、西側が行った対ロシア制裁に対して、プーチン大統領が逆制裁でレアメタルの禁輸をするのではないか、との憶測が広がったからだ。

 メタルトレーダーたちは過大な「ショートポジション」をとっていた青山集団を叩くチャンス到来とばかりにレバレッジいっぱいの「ロングポジション」(信用買い)を入れたようだ。電子取引執行システムやアルゴリズム取引によって、買いが買いを呼んだのかもしれないが、LMEがアラームを作動することができなかったところにも問題の本質がある。

 青山集団は、30億ドルの証拠金、あるいは現物として15万トンのニッケルをLMEに受け渡すことが求められることになった。

 当然、そんな在庫はないので(後述するが、ニッケルは世界市場全体で60万トン)、15万トンのポジションを解消するには追加の証拠金を払うしかない。しかし、数千億円もの現金は手元にない。

なぜ破産は回避されたのか?

(Marcos Silva/gettyimages)

 そのため、一時は破産手続きに入ると思われた。だが、金融機関が事件が拡大することを恐れて、いち早くLMEに圧力をかけた可能性もある。結果的に、LMEは取引を「停止扱い」にした。

 LME史上あり得ないことだが、この2日間の全てのニッケル取引は、なかったことになった。裏では、さまざまな憶測が出た。「LMEの実質株主は今や中国共産党であり、その影響力を駆使しているのでは?」という、噂まで出るほどの混乱ぶりだった。

 メタルトレーダーの暗躍があったかどうかは分からないが、ウクライナ戦争が引き金になったことは紛れもない事実だ。

 今後のプーチン大統領の出方次第では、同じような混乱が起こり、ニッケル、コバルト、金、銀、パラジウム、チタン、その他のレアメタルが大暴騰して市場はコントロール不能になるかもしれない。絶対あり得ないとは言えない。そんな、あり得ない「幻のニッケル事件」が、今回起きてしまったからだ。

 トレーダーの間ではレアメタルの「キングがニッケル」で、「クイーンがコバルト」と呼ばれている。今回はそのレアメタル・キングが暴走した事件だった。筆者にはニッケル相場が、ウクライナ侵攻を開始したプーチン大統領と重なって見えた。

 ここで、ロシアのニッケル生産の構造についても触れておこう。前回も述べた通り、ニッケル地金(ノルニッケル社)のロシアの世界シェアは約25%。世界市場の60万トンの25%なので、年間の生産量は約15万トンだ。

 青山集団の今回のショートポジションが15万トンなので、いかに無茶なショートヘッジだったか、お分かりいただけるだろう。

 仮にプーチン大統領が嫌がらせとして、ニッケルの輸出量15万トンを禁輸したら世界市場は壊されてしまう。ノルニッケル社は、パラジウムについても、世界市場の4割(世界市場は82トン)を握っているから、排ガス触媒が世界から一時的に消えてしまうことになる。


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