ロシアには1972年以来、毎年のように訪問してきた。若い時代の放浪の旅はロシアから始まった。私は89年のブランデンブルグ門の崩壊から91年のソ連崩壊に至るまでの激変もレアメタル資源ビジネスの現場を通してまさに現場で見てきた。以来、私のロシア訪問回数は60回以上になる。レアメタルの貿易取引を通じてロシアと周辺国家を定点観測してきたがそんな視点からレアメタルの今後を占ってみたい。
私は大国の条件とは「人口」「資源」「軍事力(技術力)」であると考えている。しかし、今回のウクライナ侵攻に見るロシアという国家は、かつてのソ連時代の古典的な国家観と大国への回帰を求める幻想と、現実とのミスマッチが引き起こした悲劇だと結論付けざるを得ない。
思い出されるレアアースショック
当初のウクライナ戦争によるパラジウムやニッケルのスペキュレーション(投機)やマニピュレーション(市場操作)は予想の範囲であったが、プーチン大統領の度を越した侵攻から予想外の市場動向への波及も起こり始めている。
そんな環境からレアメタル市場にはしばらくなかった既存勢力の激しい変化が玉突き状態となって予想外の事件に発展する可能性を感じる。
例えば、2010年の尖閣諸島の中国船の拿捕事件が中国政府による希土類の輸出禁止に発展してレアアースの国際価格が100倍以上に暴騰したケースとの比較も検討する価値がある。もう少し昔の事件ではハント兄弟(米国の投機家で石油王)の銀のスペキュレーションが国際市場に激震を起こした事件なども記憶にある。
そんなことから今回のウクライナ侵攻は予想外の現象が多く見られたことからこれからのレアメタル資源の光と影を占っていきたい。
ウクライナ戦争以降のパラジウムとニッケルの高騰についてロシアのレアメタルメジャーであるノリリスク・ニッケル(ノルニッケル社、ニッケル、パラジウムの世界最大手)は今後どう出るか。
そんなテーマについて先日、久し振りに古いメタルトレーダー仲間とワインを交わしながら意見交換をする機会があった。場所は都内にあるアメリカンクラブである。名前は伏せるが一人は世界の銅市場の5%を差配した伝説のトレーダーH氏で、もう一人は日本の銅スクラップの取り扱いNo.1のオーナー社主K氏である。二人とも激動の時代を乗り切ってきた”野生の勘”がそうさせるのかウクライナ戦争とコロナ以降のコモディティー市場の大激変を予見されているのだ。
2月に入ってからパラジウムやニッケルの市況が暴騰し始めた。言うまでもなくウクライナ戦争の影響である。
戦争プロパガンダに負けぬ、資源業界の情報戦
4月に入ってからは停戦合意の流れが出てきたが首都キーウではウクライナ軍から「キーウ州開放」と「ロシア軍撤収時に地雷設置」の情報が出てきた。刻一刻と変化する情勢はまだ不透明な部分が多いようだ。
きな臭い事件が起こると「メタルトレーダー」と呼ばれる胡散臭い連中が需給の偏りをチャンスと捉えて蠢きはじめる。これも戦争においてありもしない作り話を機会のあるごとにメディアに流すのと同じ話と言えなくもない。プロパガンダを流布して心理戦で有利に戦うように仕向けるのは金属市場においてもデマやフェイクニュースを流して需給を撹乱させる裏の闘いも同じことである。
例えば、メタルトレーダー達はロシアが世界のパラジウムの4割を握っていることを利用して早めに値上がりしないうちに手に入れて在庫を増やすわけだ(ロングポジション)。
その後は需給バランスがどのようになるかを予想するのだが、在庫を貯めた後には「供給が不安定だ」とか「需要が激増する」といった情報を流布することで、あらゆる手段を使って売り逃げするために喧伝するのだ。
LME(ロンドン金属市場)のような取引市場のシステムが機能している場合は、需給バランスをチェックすればある程度は価格の動向の読みが外れることはない。
ところが、今回のように数日で戦いの趨勢が決定されると思っていたのに、ウクライナの抵抗が予想外に強固で、しかも欧米から高性能な武器が流されたために早期集結の予測は見事に外れた。ロシア軍は2〜3日どころか1カ月以上が経ってもキーウを陥落させることはできなくなってしまった。