ウクライナ侵攻はかつてない経済打撃と社会不安
ロシアは14年3月にウクライナ南部クリミアを併合した結果、欧米諸国からの経済制裁を招き、15年のロシアの経済成長率はマイナスに落ち込んだ。経済が悪化したことで出生率が低下した事象は、ロシアが債務不履行(デフォルト)に陥った1998年の翌年にも確認されており、ロシアでは経済状況と出生率の間に強い相関性が認められている。経済が落ち込んだという事実に加え、社会の先行きに対する強い不安が国民の間で広がったことも、出生率の押し下げにつながった可能性がある。
22年のロシア経済は、さらに深刻な落ち込みが見込まれている。ウクライナ侵略により14年時点とは比較にならない厳しい経済制裁を各国から受け、インフレや物資不足、膨大な数の海外企業の撤退・事業停止などを背景に、ロシア経済は今年マイナス8~15%ともみられる悪化が予想されており、ソ連崩壊以後で最悪になる可能性がある。
ウクライナ侵攻はすでに開始から4カ月超が経過したが、ロシア軍は依然として東部ドンバス地域の制圧も実現できていない状況だ。そのようななか、ロシア軍は志願兵の加入年齢を撤廃したほか、高校レベルの教育機関を卒業したばかりの若者の志願兵への採用を迅速化させる改正法案の審議も行われている。
ウクライナ侵略では、アフガニスタン侵攻を上回る数の兵士が死亡したと伝えられており、国力の低下を懸念するロシア政府の思惑が伺える。そのような状況がロシア社会に不安を広げ、出生率にも影響を与える可能性は極めて高い。
ウクライナ侵略は、出生率への影響だけでなく、今後のロシア経済の屋台骨を支えるはずの人材流出も引き起こしている。
侵略が始まった2月末以降、ロシア経済で数少ない今後の成長分野と見込まれていたIT分野では、わずか1カ月あまりで5万人超の関連人材が流出したことが判明している。企業経営者や医者、ジャーナリストなどを含めれば、同期間で30万人以上の若手の高度技能人材らが流出したともいわれており、侵攻によるロシア政府への国民の忌避感の高まりと、ロシア経済の先行きへの懸念が、人材流出を加速させている格好だ。
戦場では〝住民拉致〟の動きも
人口減少は移民を除いた人数であり、移民を含めればロシアの人口は必ずしも減少傾向にはない。ただ、ロシアに流入する移民の大半は単純労働を目的とした旧ソ連の中央アジアからとみられ、ロシアからの頭脳流出を補う動きとはいえない。欧米やほかの先進国の多くはウクライナ侵略を受け、ロシアとの対立を深めており、これらの国々からは移民どころかロシアに入国することすらままならない状況だ。
そのようななか、ロシア当局が不気味ともいえる動きを見せているのがウクライナにおけるロシア軍の占領地域でのパスポート付与や、住民拉致の動きだ。
街を完全に破壊し、占領下においた南東部マリウポリでは、攻撃で行き場を失った市民らが露軍の誘導で親ロシア派武装勢力の支配地域に連れていかれ、さらにそこからロシア各地に送られている実態が明るみに出ている。
プーチン氏はさらに、占領地域の保護施設にいる子供へのロシア国籍付与を簡素化する大統領令に署名したとも報じられている。戦争で親を失った子供たちが、何も知らないままにロシア人になることを強要するもので、取り返しのつかない人権侵害につながるのは必至だ。
ウクライナの戦線に駆り出される兵士の多くは地方都市や少数民族出身者である実態が明るみに出ており、モスクワなど大都市は一見、平穏が保たれているという。ただ、幼い子供を育てる親たちは社会の変化を敏感に感じ取り、無理な出産を避けるなど家庭を守る行動に出るのは確実だ。プーチン政権がソ連時代さながらの手法で出産をあおっても、若い親たちの心を動かすことは容易ではない。