チェイニーの思惑とは
米連邦議会にはチェイニー下院議員ほど、トランプ前大統領を研究している議員はいない。トランプ氏が出馬した場合、チェイニー氏の勝算はかなり低い。だが、同氏の目的は共和党大統領候補指名争いで、トランプ氏に勝利を収めることではない。民主党大統領候補と戦うトランプ氏にダメージを与えることである。
過去に大統領選で現職の大統領と、予備選挙で本命と目されたライバル候補の評価を落として、相手を傷つけた候補がいた。1992年大統領選挙において無所属で立候補した南部テキサス州の大富豪ロス・ペロー氏は、共和党支持者の票を獲得して、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(当時)に致命的なダメージを加えた。2016年民主党大統領候補指名争いでは、バーニー・サンダース上院議員が、多くの若者を引き付けて、ヒラリー・クリントン元国務長官に対する若者離れを決定づけた。
それが最後まで尾を引き、クリントン氏は本選で若者票を獲得できなかった。筆者の観察によれば、当時中西部アイオワ州の州都デモインにあったクリントン選対には、若者のボランティアの運動員が少なかった。
チェイニー氏には共和党大統領候補指名争いのテレビ討論会で、トランプ前大統領と同じ舞台に立って、米国民の前で同前大統領の違法行為を厳しく追及する思惑がある。となると、トランプ氏を強く支持する共和党全国委員会のロナ・マクドネル委員長は、チェイニー氏をテレビ討論会に参加させない道を探る公算が高い。加えて、
今後、チェイニー氏は無党派層の支持獲得に動くことは確かだ。その意図は、トランプ氏が本選に進んだ場合、無党派層が同氏に一票を投じるのを阻止することである。チェイニ
無党派層の現状
なぜ、無党派層が大統領選挙の鍵を握るのか。米ギャラップ社が全米を対象に「あなたは自分を共和党支持者、民主党支持者あるいは無党派層と考えますか」という質問をしたところ、41%が無党派層、29%が民主党支持者、28%が共和党支持者であった(22年7月5~26日実施)。無党派には「中立」というイメージがあるので、有権者は心理的に無党派層にみられたいのだろう。
ただ、大統領選挙で重要なのは党派別の有権者登録者数である。31州において民主党に登録した有権者は全体の39.6%、無党派層は31.2%、共和党は29.2%であった(21年7月時点)。党派別の有権者登録者数は、「40対31対29」の割合だ。民主党は有権者登録者数において、共和党に約10ポイントもリードしている。単純計算をすれば、民主党は無党派層の31%の内、11%を獲得できれば過半数を超えることになる。
筆者は過去に研究の一環として4回民主党陣営に入り、大統領選挙の実地調査を行った。オバマ陣営とクリントン陣営では戸別訪問を本格的に開始する前に、まずボランティアの運動員が有権者登録者数を増やす運動を行っていた。南部バージニア州フェアファックスにある地下鉄の駅、スーパーマーケットおよびコーヒーショップの前に立って、筆者も有権者登録を呼びかけた。
党派別有権者登録者数の数字が示すように、トランプ前大統領は無党派層の票を獲得できなければ、勝利の可能性は低くなる。トランプ再選阻止を新たな目標に掲げたチェイニー氏は、トランプ氏と無党派層を完全に切り離す戦略を考えているとみてよい。