私は、2005年の春に厚生労働省の中央社会保険医療協議会(中医協)の委員に就任して以来、一貫して、「医療費の詳細がわかる明細書」を無料で全員に自動的に渡すことを求めてきた。それは、この明細書発行義務こそが医療の密室性を打破し、医療側と患者側が一緒になって医療の改革にあたる第一歩になると思うからだ。この意義を理解していただくためには、これまでの歴史を振り返ることが必要だろう。
隠され続けたレセプト
医療機関が請求する医療費は、患者が加入する健康保険組合などの保険者が支払う分(7割)と、患者が直接窓口で支払う自己負担分(3割)とに分かれる。
前者は、医療機関から保険者へ、患者毎に1カ月分がまとめられたレセプト(診療報酬明細書)を送ることで請求される。そこには、病名の他、投薬名、検査名、処置名や、さまざまな加算などが全て正式名称で単価・数量と共に記載されている。
このレセプトは、患者を通さずに保険者に送られ、保険者で保管される。それならば、被保険者である患者は、自らが加入する保険者に、自分のレセプトを開示請求すれば医療費の明細を見られるはずだ。しかし、厚生労働省(当時は厚生省)は長年にわたり、保険者に対して以下のような見解を示していた。
「レセプトには、病名・診療内容など診療秘密に属する事項が記載されている。これを明らかにすれば治療に悪影響を及ぼしかねないので、たとえ本人であってもレセプトを閲覧させることはできない」
その前段に、「法的には、開示・非開示は各保険者の判断に委ねられるが」とあるにもかかわらず、国は、患者本人にレセプトを見せないよう指導していたのである。
医療界でも他の業界と同じように犯罪が繰り返されてきた。最高裁で「医療とは呼べない犯罪行為」と断罪された、正常な臓器を異常と偽り子宮や卵巣を摘出していた富士見産婦人科病院事件で、被害者たちは、患者本人が医療費の内容を見られないのはおかしいと訴え、国会でも議論になった。四半世紀も前のことだ。
しかし、そのような悪質な医療を受けた被害者らがレセプト開示を保険者に求めても、裁判所が審理に必要だからと請求しても、開示されない時代が長く続いた。
ようやく菅直人厚生相のとき、「子宮口を柔らかくする薬」「血管確保の目的の点滴」というような説明だけで知らない間に陣痛促進剤を投与されて子供を失った被害者らが、大臣室に入って、レセプト開示を要望することができた。その席で、当時の児童家庭局長(後の保険局長)は、こう言った。