そもそもの発端は、19年10月にサンチャゴの地下鉄料金が日本円にして4円(当時)値上げされたことに対する学生の抗議運動が、政府の不十分な公共サービスや拡大する格差に反発する全国レベルでの暴動に発展し、当時のピニェラ政権は、新憲法制定を国民投票に付すことを約束して事態を収拾したことに始まる。
20年10月の国民投票では80%近くが新憲法制定を支持し、21年5月に行われた制憲議会議員選挙では、与党中道右派は3分の1も確保できず、公職経験や政治経験の無い議員が多い中道左派、左派、無所属と先住民代表で80%を占めた。
案の定、理想主義的で非現実的な新憲法案ができたが、中間派からすれば行き過ぎということになったわけである。新憲法を制定すべしとの国民の多数意見が変わったわけではないので、話が振出しに戻っただけである。
熟議の市民社会はあるのか
新たに制憲議会選挙をやり直すか、或いは、現在の議会にその役割を委ねるか、今後のプロセスについてボリッチ大統領が各派代表と協議を行っている。就任以来の治安状況の悪化やインフレで支持率が急落しているボリッチ政権としては、このような状況の中で新たな制憲議会議員選挙を行うのは得策ではないであろう。むしろ議会で時間をかけて審議会などを設け専門家の意見等も取り入れ慎重に議論することが、チリにとっての利益となるのではないかと思われる。
当初は、新憲法制定を政権綱領実現の梃子とすることを期待していたボリッチにとっては大きな痛手であり、今後、その公約の穏健化、改革の漸進的実施に迫られるであろう。
今後は、新憲法の必要性を認めないといった極右的な主張と過度に理想主義的な急進左派の主張の両極端の間で、どこまでが国民の過半数が求める新憲法像であるかにつきコンセンサスに達することができれば素晴らしいが、容易ではないであろう。まず今後のプロセスや手続きについて改めて合意し、まず枠組みや基本原則を定め、しかる後に具体的な権利の詳細を定めるといった段階的アプローチも必要のように思える。
いずれにしても、チリにコンセンサス重視の国民的気質が定着していると言えるか、市民社会が成熟したと言えるか否かは、この問題が適切に処理されるかどうかの今後の展開次第では無いだろうか。