2024年12月24日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2022年8月26日

 チリの制憲議会は、1年余りの審議を経て7月4日新憲法案をボリッチ大統領に提出し、9月4日に国民投票に付されることとなった。左派系議員が多数を占める制憲議会が採択した新憲法草案は、極めて急進的な内容が含まれている。

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 欧米メディアは、これが採択され施行される場合には、チリに重大な混乱と対立を招き、結果的に経済的発展も政治的安定も大きく損なわれるとの懸念を表明している。アトラスセンター所属ラテンアメリカ上級研究員のAxel Kaiserは、7月27日付けのウォールストリート・ジャーナル紙に掲載された論説‘Chile’s Left-Wing Constitutional Suicide Pact’で、新憲法案につき経済と民主主義を破壊する国家的自殺を招くものだとの懸念を表明している。主要点は次の通りである。

・新憲法案では、裁判官の業績を評価し再任を決定するための「司法評議会」が創設されるが、その結果、司法が政治的なコントロール下に置かれることになり、司法の独立を破壊し「独裁政権」への道を開きかねない。

・新制度では、上院が廃止され一院制支配となり、その権力に対する対外的、対内的なチェック機能はほとんど存在しない。

・新憲法案はチリを「多民族国家」にするもので、手始めに11の先住民族を認めるとしている。各グループは、自己の領土を統治する自治体として機能する可能性がある。先住民族のために並列的な司法制度も創設するが、これは混乱と紛争を引き起こす可能性がある。

・経済面では、土地収用に関する現行の規制が撤廃され、政府は法律に基づく命令によって、あらゆる種類の私有財産を市場価格での正当な補償なく収用することが可能になる。特許権などの知的財産権は全く保護されない。現行憲法で保護されている水利権も廃止される。採掘や農業など水を必要とするすべての経済活動は、行政の恣意的な判断に左右されることになる。鉱業についてのコンセッション契約に関する財産権も新憲法では存在しなくなる。

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 この憲法案の主たる問題点は、上記論説指摘の通り、まず裁判官の政治任用により司法の独立が損なわれ、また、上院を廃止し地方の代表からなる地方院を設置するが、これは事実上これまでの上院のチェック機能を廃止するもので、権力の独裁化への道を開くとの懸念がある。

 また、先住民族に事実上の民族単位の自治領を認めることになるが(エクアドル、ボリビアの前例はある)、歴史的な先住民族の土地を現在の所有者に対する公正な補償(何が「公正」かは不明)により返還を保証する規定、先住民族に適用される司法制度の創設など、過激な要求が明文化されており、紛争を招き社会的安定を損なうものとして先住民族内部からも反対論が出ている。

 政府は、土地所有権、知的財産権、水利権や鉱業権等を含めてすべての私有財産を一般的に立法措置により没収できることが可能となり、私的財産権の保護に著しく欠けると批判されている。加えて、行政のあらゆるレベルで国営企業の設立を可能とし、中央銀行の独立性を弱める等、市場への政府の干渉についての歯止めがない。


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