世界の記述

2022年5月12日

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藤原章生 (ふじわら・あきお)

記者・作家

記者・作家。北海道大学工学部卒。1989年より毎日新聞記者。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマなどに駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)。
 

 

 南米チリでビーガン、ベジタリアンなど菜食を選ぶ人が過去10年で急増している。2018年に13歳以上の1600人を対象にしたアンケート調査(チリの民間調査会社、CADEM)で「ベジタリアン(菜食主義者)」と答えた人は14%、「ビーガン(完全菜食主義者)」が4%に上った。その後も肉食と免疫が話題となったコロナ禍が後押しし、30代以下の若い世代がけん引役となり確実にその数を伸ばしている。

(manado/gettyimages)

 ここで言うビーガンとは「動物を搾取せずに人は生きるべきだ」という英国発祥のビーガン主義で、一方のベジタリアンは肉以外の卵や乳製品を消費する。チリでは市場がすぐに反応し、スーパーや商店で菜食者のためのハンバーグやマヨネーズ、豆製品を安価で買える。

 2021年の別の調査では、食品市場で菜食者向けの製品はチリで5%に達し、ブラジルの3%、アルゼンチンの0.3%を上回り、他国への輸出も急増している。肉、魚に代わるたんぱく源だけでなく、ビタミン類の生産も増えている。

 増える理由はいくつか考えられる。その一つは、2012年ごろに急速に広がったSNSの影響だ。環境問題だけでなく、畜産業界や卵、乳製品の製造現場を伝える映像が若い世代の間で取り交わされ、それを機に転じた人が多いからだ。

 チリの人口分布も後押ししている。人口約1900万人のチリは、首都サンティアゴに約700万人が集中し、これに続く数十万人規模の都市がいくつもある。こうした中堅都市の住民は身内や友人グループを介して農業に近づきやすく、菜食を試しやすい利便性がある。もともと果実やハーブ類、薬草など、野生のものを使う伝統もうまくそこにマッチした。

 別の要因に肥満がある。米国の影響から食のファーストフード化が進んだことなど要因はさまざまだが、チリでは肥満が深刻化している。20年、肥満は1975年に比べ人口比で3倍も増えたという統計がある。中年になったら即肥満という大人たちが、下の世代の反面教師になっている面もある。輪をかけるようにK-POPやドラマなど韓流ブームが広がり、やせた登場人物への憧れが、菜食主義へと向かわせている。

 さらに、30代以下の世代は幼少期からの学校教育で、性差から遊技、趣味まで「選択の自由」を教え込まれてきた。これが家庭にも及び、一人だけ菜食を選ぶことに寛大な家が結構多い。菜食者の半数近くが挙げる動機に「動物の命を敬う」という理想がある。こうした考えは成長過程で消えるか、抑え込まれるものだが、「選択の自由」のおかげで、大人になっても保ち続けやすいという要因もある。

 友人に勧められて試したら、消化器系を中心に体調がよくなり、菜食に変えたという効果にひかれる人も多い。

 チリは新自由主義経済の発祥の地でもある。1975年導入のチリを皮切りに80年代に世界に広がったこのシステムは富の集中、収入格差などの負の面への批判が2000年代に入り年々高まってきた。チリでは19年末、システム改変を求める社会運動が始まり、今も続いている。その担い手には都市から地方への移住者や菜食主義者が結構おり、自給自足の理想を語る人が少なくない。菜食はこの運動とともにさらに広がってきた。仮に、新自由主義のシステムが崩れれば、従来型の国家経済の破綻は避けようがない。意識してはいないとしても、そこをある程度にらんでの、一つの人間の反応、実験とも言えそうだ。

 
 
 
 

  
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