昨年12月の大統領選決戦投票で、市民運動を率いてきた元学生活動家の国会議員、ガブリエル・ボリッチ氏が約56%の得票率で勝利した。これは単なる「一国の左傾化」ではなく、世界に先駆けた「何か」だと見るべきだろう。35歳という史上最年少で大統領に3月に就任するボリッチ氏一人で何かをなせるわけではない。今の動きは1974年からのピノチェト軍事独裁の前に存在した、左派・アジェンデ政権にも似た「国民運動」ととらえた方がしっくりくる。
チリというと、多くの人はワインやサケ、世界最大の銅産国といったモノに目を向けがちだが、実は政治の「先進国」なのだ。過去50年で、急進的な左翼、極右の軍事政権、中道右派、中道左派と一通りの政権を経てきている。日本の場合、過去100年を見ても、長期での経験は軍政と中道右派くらいである。そんなチリを著名なジャーナリスト、ジョン・ガンサー氏は「南米の風見鶏」と名づけた。ここで言う風見鶏は周囲への目配りではなく、時代の最先端を見るという意味だ。
70年代の軍政から2000年代の左派ブームまでチリの変わり身の影響は世界へ伝播した。75年には市場原理を重視する「シカゴ学派」の経済学者を招き、「絵空事」と誰も相手にしなかった新自由主義経済を世界で初めて実践したのもチリだ。のちに英サッチャー政権、米レーガン政権、さらに国際通貨基金(IMF)や世界銀行が「構造調整」というネーミングの借金条件にして世界中の国々に広めた。その結果、企業家など一部に富が集まり、中間層が細り、大多数が低所得という世界共通の悩みをもたらした。
チリでは19年10月、首都サンティアゴで地下鉄料金の値上げに抗議した高校生の運動を端に、一時は200万人を数える市民デモが広がった。要求には格差改善や年金改革、先住民への土地返還、資源の再国有化、ジェンダー平等などが盛り込まれた。「大多数の国民が『今のような生き方、暮らしは嫌だ』と叫んだ」とチリ出身の映画監督、パトリシオ・グスマン氏は言う。
それでもチリは格差も貧困率も南米では最良だ。ここで注目すべきは、チリ人の自意識だ。彼らは自らを南米諸国ではなく、世界、特に10年に加盟した経済協力開発機構(OECD)の国々と比較していると、ジェトロ・アジア経済研究所の北野浩一主任調査研究員は論文の中で指摘する。所得格差の大きさを示すジニ係数は、チリは日本よりは悪いが、貧困率はさほど変わらず、韓国よりも良い。「南米=遅れた世界」という見方から抜けない限り、チリの動きの新しさは見えてこない。
「新自由主義経済生誕のこの地で、それを葬る」と唱えるボリッチ氏。国民が求めた憲法改正や年金制度の改革など、3月以降、彼の政治力が問われる。そこで見るべきは彼個人の手腕ではなく、若い学生上がりに未来を託した、チリという国の躍動の行方だ。
■ 人類×テックの未来 テクノロジーの新潮流 変革のチャンスをつかめ
part1 未来を拓くテクノロジー
1-1 メタバースの登場は必然だった
宮田拓弥(Scrum Ventures 創業者兼ジェネラルパートナー)
column 1 次なる技術を作るのはGAFAではない ケヴィン・ケリー(『WIRED』誌創刊編集長)
1-2 脱・中央制御型 〝群れ〟をつくるロボット 編集部
1-3 「限界」を超えよう IOWNでつくる未来の世界 編集部
column 2 未来を見定めるための「SFプロトタイピング」 ブライアン・デイビッド・ジョンソン(フューチャリスト)
part2 キラリと光る日本の技
2-1 日本の文化を未来につなぐ 人のチカラと技術のチカラ 堀川晃菜(サイエンスライター/科学コミュニケーター)
2-2 日本発の先端技術 バケツ1杯の水から棲む魚が分かる! 詫摩雅子(科学ライター)
2-3 魚の養殖×ゲノム編集の可能性 食料問題解決を目指す 松永和紀(科学ジャーナリスト)
part3 コミュニケーションが生み出す力
天才たちの雑談
松尾 豊(東京大学大学院工学系研究科 教授)
加藤真平(東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授)
瀧口友里奈(経済キャスター/東京大学工学部アドバイザリーボード・メンバー)
合田圭介(東京大学大学院理学系研究科 教授)
暦本純一(東京大学大学院情報学環 教授)
column 3 新規ビジネスの創出にも直結 SF思考の差が国力の差になる
宮本道人(科学文化作家/応用文学者)
part4 宇宙からの視座
毛利衛氏 未来を語る──テクノロジーの活用と人類の繁栄 毛利 衛(宇宙飛行士)