ラテンアメリカにおいて左派政権の成立が続くことによる地域の左傾化の現象を、「ピンク・タイド」と称する。「共産化」するほど過激ではないことからレッドではなくピンクという表現を用いている。
1999年のベネズエラでのチャベス政権の成立後、2000年にチリのラゴス政権、02年にブラジルのルーラ政権、05年にボリビアのモラレス政権、06年にエクアドルのコレア政権と続々と左派系政権が成立し、「ピンク・タイド」と呼ばれた。
その後、チリ、ブラジル、ボリビア、エクアドルでは右派政権が成立し、振り子は右に揺れ戻した。しかし、18年のメキシコでのロぺス・オブラドール(通称AMLO)政権の成立後、19年にアルゼンチンのフェルナンデス政権、20年にボリビアのアルセ政権、21年にペルーのカスティージョ政権、今年、ホンジュラスのカストロ政権、チリのボリッチ政権と再び左派政権が続々と成立し、更に、コロンビアでは5月、ブラジルでは10月の大統領選挙でそれぞれ左派候補のペトロ及びルーラの当選が有力視されており、一見、新たな「ピンク・タイド」が押し寄せているようにも見える。
元メキシコ外務大臣のカスタニェーダは、Project Syndicateのサイトに4月8日付けで掲載された論説‘Latin America’s New Pink Tide?’において、現在の左派指導者を、
①キューバ、ニカラグア、ベネズエラの独裁的指導者
②アルゼンチンのフェルナンデス、チリのボリッチ、大統領復帰が有力視されるブラジルのルーラ等の社会民主主義指導者
③メキシコのロペス・オブラドール、コロンビアの有力大統領候補ペトロ、ペルーのカスティージョ等を国家主義や民族主義に基づくポピュリスト指導者
として、3つのカテゴリーに分類している。そして、これら左派政権指導者の間には実質的な違いがあり、その違いは、その類似性よりも重要であるので最近の左傾化は「ピンク・タイド」ではなく、このような多様性はラテンアメリカにとって幸運なことだと結論付けている。
論点は、左派政権の続出という状況を、地域や世界の政治バランスに影響を与える重要なパラダイムシフトと認識すべきか否かであろう。かつての「ピンク・タイド」においては、チャベスが反米と社会主義の過激なレトリックでリーダーシップを発揮し、ブッシュ政権の全米自由貿易協定構想を粉砕し、当時のブラジルやアルゼンチンなども同調して、11年には米国から自立した地域統合を目指す、「ラテンアメリカ・カリブ共同体(CELAC)」が正式に発足するなど地域情勢に大きな影響を与えた。
最近の左派政権の間には、正にカスタニェーダが指摘するように、多様性ともいえる大きな相違があり、また政策的に分裂しており、反米姿勢と言ってもその程度には大きな差があることから共通点とも言い難く、地域情勢に大きな影響を与えることが懸念されるものともならないであろう。
例えば、国連緊急特別総会のウクライナ問題に関するロシア非難決議とロシアの人権理事会資格停止決議については、同じ左派政権の間でその投票行動は明確に分裂している。アルゼンチン、ペルー、ホンジュラスは全てに賛成しており、恐らくチリのボリッチ政権も同様の立場であろう。