9月4日、チリ国民は、1年以上をかけた議論を経て制憲議会が採択した新憲法案を20%以上の大差で否決した。フィナンシャル・タイムズ紙のラテンアメリカ担当編集者のストットは、9月5日付の論説‘Chile’s rejection of populism is an example for the world’で、この大差での否決は、チリ国民の世界の模範となる市民的成熟を示すものだ、と論じている。ストットは次のように言う。
・チリの人々は、インフレ率の上昇、経済の減速、幾多の経済的課題といったより平凡な現実の中で、新憲法案のユートピア的なビジョンを見抜き、約86%が投票に参加し、そのうちの62%が新憲法に反対票を投じた。
・次の問題は、憲法を書き換える新たな試みである。このプロセスから、チリ国民により強い個人の権利を与え、必要不可欠な公共サービスを保証するより大きな役割を国家に与える、欧州の福祉国家型の新しい憲法が誕生するだろう。それは革命というよりむしろ進化というべきだ。
・心強いことに、このプロセスは平和的かつ民主的であることが約束されている。国民投票の結果から数時間のうちに、チリ国民はほとんどの政治的スペクトラムにわたって、その結果を公正なものとして受け入れ、融和的な発言を行い、より穏健な新憲法に向けた合意形成を開始した。ボリッチでさえも、「国として団結する」文書の必要性を認めた。ポピュリズムを拒否し、平和的かつ民主的に表現されたコンセンサスを受け入れたいという彼らの圧倒的な願望の中に、チリの人々は世界に模範を示したのだ。
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欧米メディアは、かねてから、チリの新憲法案は、左派的で急進的に過ぎ独裁主義に道を開く可能性があり、承認されればチリの政治も経済も不安定化するとの警鐘を鳴らしていたが、最近にしては珍しく、欧米の論調と当該国の有権者の投票態度が一致した。
しかし、今回の結果をどのようにとらえるかにより、この投票結果の意義も変わってくるであろうし、今後のチリの政治状況にも影響が出てくるであろう。
上記の論説では、これはポピュリズムを否定したチリの市民的成熟を示すものであり、世界の模範となるものだとの高い評価を与えている。もし、数年の経験で市民社会が成熟してポピュリズムに対して「ノー」と云えるようになるというのが、1つの定型的な現象として一般化できるのであれば、極めて重要な指摘であろう。そのような現象を実現する条件がブラジルや米国にも存在するのであれば、それらの国の選挙でも同様の結果が期待できるかもしれない。
他方、これは単に政治勢力が左右の両極と中間派の3者から構成されている国での通常の事態に過ぎないと見ることもできるのではなかろうか。すなわち、2019年の国内暴動では中間派も抗議行動に同調し、20年の制憲議会議員選挙の際にも、当時のピニェラ政権に対する不満から中間派も左派寄り候補に投票した。
今回は、その中間派が右派と共に、急進的過ぎた憲法案を拒否しただけの現象であって、市民的成熟を示すものではなく、要するに中間派の票が右に行ったり、左に行ったりしているだけとも解釈できよう。