2023年2月7日(火)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年9月25日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

そもそも感染者ゼロできない今の対策

 まず「819人の感染者」の評価だが、調査報告書によれば感染の確認日は8月15日から20日の6日間に集中し、最も多かったのは17日の220人だった。一方、徳島県全体のこの時期の感染者は1日に2000人を超えていた。従って踊り手の感染者は最も多い日で県全体の10%に当たる。

 これだけ見ると多いと思うかもしれないが、8月の県全体の感染者数は4万3172人だったので 、踊り手の感染者819人は県全体の2%以下にすぎない。あれだけ大きな祭りでこの程度の感染者で済んだことをどう評価するのかは、評価者の立場により異なるだろう。

 感染者の症状に関する情報はないが、おそらくオミクロンBA5感染であること、踊り手は当然のことながら健康な人たちであることを考えると、大部分が軽症か無症状だったと推測され、実際に重症化などの報道は見当たらない。

 次は感染予防対策だが、実行委員会は「実施マニュアル」を準備していた 。その内容は、検温、マスク、手洗い、換気、三密回避、そしてワクチン接種などであり、厚生労働省が示す対策に沿った標準的なものである。しかしこれで感染が防御できるのかと言えば、そうではない。それは実行委員会ではなく厚労省の責任である。

 コロナの感染経路として厚労省は飛沫感染対策を主流としてきた。ところが21年に世界の医療界はコロナがエアロゾル感染することを認め 、厚労省は1年後の今年7月になってようやく「感染者(無症状病原体保有者を含む)から咳、会話などの際に排出されるウイルスを含んだ飛沫・エアロゾル(飛沫より更に小さな水分を含んだ状態の粒子)の吸入が主要感染経路と考えられる」として、エアロゾル感染が主要な経路であることを認めた 。ところがそれまでの飛沫感染対策を大きく変更することはなく、対策の効果が小さいことを説明することもなかった。

 感染の主要経路はエアロゾルだが、感染者が近距離にいる場合には飛沫感染もあり得る。このことはマスクの感染防止効果に大きく影響する。

 通常のマスクは飛沫の飛散をかなり抑えるが、エアロゾルに対してはほとんど無効なため、感染防止効果は小さい。米国疾病予防センターの調査では、実際に感染を防ぐことができるのは医療用のN95マスクを常時着用していた場合だけであり、通常の布や不織布のマスクはほとんど感染を防止しない 。

 手洗いも、ウイルスが手指に付着しているときには効果があるが、エアロゾル感染には無力である。同様にトイレのハンドドライヤーの使用禁止もほとんど意味がない。ワクチンのBA5感染予防効果が小さいことはよく知られている。三密回避と換気は効果があるのだが、人が集まる場所でこれを徹底することはむずかしい。レストランや会議室でおなじみになったアクリル板は、空気の流れを妨げるような設置であれば逆効果になる。アンケート結果を見ると「控室を利用する場合は三密を避け、換気を十分に行っていたか」という質問に83%が「はい」と答えている。踊り手がかなり努力したことが分かる。


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