「文武両道」受け継ぐサッカー部
名門校の挑戦に見る教育の意義
新たな挑戦はJリーグのクラブだけにとどまらない。
10月初旬、辺りがうっすら暗くなり始めた頃、小誌記者が「寺子屋」と書かれた部屋を覗くと、中には約20人の学生がいた。タブレット端末に流れる映像や手元の教材を見ながら自己学習する中学生約15人のほか、制服姿で黙々とテスト対策に励む高校生が5人。
ここ静岡県立清水東高校(静岡県静岡市)は県内有数の進学校で、サッカー部は全国大会での優勝経験もある。同校がこの春立ち上げたのが、中学生年代の育成組織「清水東ジュニアユース」だ。
発足を主導した同校OBでゼネラルマネージャーを担う齋藤賢二氏は「サッカー部が掲げる『文武両道』を多くのOBが体現し、社会に出て活躍している。これを継承していくだけではなく、中学生世代にも波及させることができれば、サッカー部と社会の双方に大きな意義がある」と狙いを明かす。
ジュニアユースの選手には、練習前に2時間の学習タイムが設けられ、終了後に高校生と入れ替わって練習する。学習タイムには、「学習係」という役割を与えられた高校生数人が寺子屋へ足を運び、自己学習だけでは解決できない中学生の学習相談に乗っている。
タブレット教材を提供するのは学習塾事業などを展開する秀英予備校(静岡県静岡市)。映像販売部の小松信義氏は「映像学習の中で不可欠なポイントは、そもそも学習時間を確保できるかという点と、その場に『人』が介在して疑問を解消できるかにある。前者には『練習前』という確実な時間の確保、後者には『先輩高校生』と進捗管理や学習環境づくりを担う『専任スタッフ』の存在があるということが提供の決め手となった。また、『清水東』というネームバリューは大きい。地域では『文武両道』で名が通っており、社内稟議の時にも『任せても大丈夫』という意見だった」と舞台裏を明かす。
ジュニアユースの選手が着用するポロシャツやジャージには、予備校の名前が記載されており、宣伝効果もあってか、知人に声を掛けられる機会も増えてきたという。両者の構想が一致した結果であり、この仕組み自体が、OBたちが体現してきた「文武両道」への「信頼感」に支えられているといえる。
前出の齋藤氏は「清水東高校は公立高校のため、ジュニアユースの中学生だからといって入学できる保証はない。それに、この雰囲気を知った上で別の高校を目指すことも全く問題ない。ただ、中学時代という密度の濃い時間を、勉学とサッカーの双方に全力で取り組むことで少しでも学習の重要性やチームメートと協調する大切さを感じ、人生の原体験にしてほしい。そうした素養こそが社会に出て重要な要素ではないか」と選手たちへの期待を口にする。
人間としての真価は、プロの道に進むことや日本代表に名を連ねることだけで高まるものではない。少子高齢化や国力の低下で悲観論が蔓延し、最近は「人への投資」の重要性が頻繁に叫ばれる。
だが、真剣にサッカーに打ち込む現場には、「金銭」だけでは到底得られない貴重な「学び」や「経験」を積む子どもたちがいた。こうした取り組みの先に、日本の明るい未来があると信じたい。
平成の時代から続く慢性的な不況に追い打ちをかけたコロナ禍……。 国民全体が「我慢」を強いられ、やり場のない「不安」を抱えてきた。 そうした日々から解放され、感動をもたらす不思議な力が、スポーツにはある。 中でもサッカー界にとって今年は節目の年だ。 30年の歴史を紡いだJリーグ、日本中を熱気に包んだ20年前のW杯日韓大会、 そしていよいよ、カタールで国の威信をかけた戦いが始まる。 ボール一つで、世界のどこでも、誰とでも──。 サッカーを通じて、日本に漂う閉塞感を打開するヒントを探る。