長期的に見ると財政出動で経済は成長していない
以上から、財政出動を行えば経済は成長するものの、財政は悪化する。しかし、実は財政出動しても経済は成長しない。
政府による財政出動は、民需が回復するまでの、あくまでもつなぎでしかない。しかも狙いは企業による投資の回復に他ならない。投資が回復してはじめて経済も真の成長軌道に復帰するのだが、それは乗数効果ではなく、加速度原理でありまた別の話である。話が長くなるのでここでは触れないが、企業の投資と予想成長率の関係を示す図3は示唆的だろう。
つまり、企業の投資は企業が今後どの程度日本経済が成長すると見込んでいるかに依存するのだ。財政出動が日本経済の底上げにつながらないので、企業は投資を増やさず、経済は成長しない。
財政出動が経済を成長させないのは考えてみれば明らかで、飢餓に直面したタコが飢えを凌ぐために自分の手足を食べたとしても、生命は保てるかもしれないが、成長できるわけがないのと同じだ。
低成長下の財政赤字による財政出動は有限の資源の中での前借りに過ぎないので、問題はいかにして私たちが利用可能な資源を増やすかにある。利用可能な資源を生み出すものこそ、投資(機械設備、教育、研究開発)を中心とした生産活動である。
しかし、筆者が「財政出動しても経済は成長しない」と主張しても、読者の皆さんは図1を根拠に、この主張を否定するだろう。確かに、財政出動すれば一時的に経済は成長したように見えるが、長期的に見れば経済は成長しない。
図4は長期的な日本の経済成長率の推移を示したものである。
明らかなように、日本の長期的な経済成長率は低下している。しかも、1970年代前半の石油ショック、90年代前半のバブル崩壊を境にそれ以前より経済成長率が下方に屈折し、元の水準には戻っていない。
特に、バブル崩壊以降の失われた30年に絞っても、どんなに財政出動を繰り返そうとも、異次元の金融緩和を続けようとも経済成長率は高まっていない。
これは、財政出動は経済成長に重要な生産能力を高めないからである。財政出動が有効なのはあくまでも需要不足に対してである。
ケインズ政策は、生産能力に比して需要が不足しているときに政府が民間に代わって需要不足を補う一時しのぎに本質があり、生産能力を高めることはない。生産能力を高めるのはあくまでも労働力と資本ストック(工場や機械設備)、全要素生産性(技術水準)だからである。
したがって、政府が成長分野など賢く支出先を選べば経済は成長するとの言説(ワイズスペンディング)があるが、これも誤りである。なぜなら、財政出動の根拠となる乗数効果にとって重要なのは限界消費性向の大きさであるからだ。
限界消費性向とは、例えば、1万円所得が増えて消費を0.5万円増やすのであれば、その時の限界消費性向は0.5と計算される。政府が賢い支出を行うワイズスペンディングは限界消費性向の大きさには影響を与えない。政府が賢くお金を使ったからといって、私たちが余分に消費を増やすとは考えられないだろう。