本連載で何度も言及している「成人発達理論」。自己中心的な「段階2」、他人や組織のルールに合わせる「段階3」、自分なりの信念を確立する「段階4」へと、人は生涯に渡って意識を成熟させていくという内容だが、そのプロセスが如実に詰まっているのが『チ。』(魚豊、小学館)作品だ。
作中では「地動説」がいかに発見されて広がったかがフィクションとして語られるが、その中ではまさに、成人発達の段階3→4がカギとなる役割を果たしている。
舞台となったヨーロッパ中世では当時、権力の象徴たるキリスト教の教義で、「世界の中心は地球であり、その周りを星々が回っている」という教えが説かれていた。
これが世界の常識・ルールであり、逆らうことは禁句(タブー)で、権力の土台を揺るがすために厳しく罰せられる、という価値観が定着していたのだ。
成人発達の段階4「自己主導段階」への到達とは、こうした世の中の常識・ルールがどうであれ、「色々あった上で乗り越えて、自分としてはやはりこう思う」という信念を確立することなのだ。
そのためには、さまざまな経験を積み「出会い」の機会を探ることが肝要であり、一つの劇的な出会いによって、人の人生は180度変わる。
本作品では、人から人へと想いが紡がれ、周囲からの評価を気にし、他人の顔色を伺い、世間に合わせるだけだった「段階3」から、「それでも」自分はこうするという軸を確立する「段階4」への脱皮のシーンが、さまざまなキャラクターにおいてドラマチックに表現されている。
第一巻の主人公である「ラファウ」は、半ば巻き込まれる形で地動説と出会う。最終的に、本来であれば拷問を避けるために地動説を否定していたシーンで、自身の達した「自らの考えで」これを守るため、自身の命を絶つのだ。
こうしたエピソードが紡がれていくのが本作品の特徴だが、最高潮は4巻に収録された第28話。
「それは俺が地動説の意味を知った時、多分、感動したからです」
「前までは早く天国に行きたかったけど、今はこの感動を守る為に地獄へ行ける」
このセリフに典型的に表れているが、こうした境地(信念)に辿り着く出会いこそが、自己主導の精神確立に必要ということだ。