2023年1月30日(月)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2023年1月19日

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髙杉洋平 (たかすぎ・ようへい)

帝京大学文学部史学科専任講師

國學院大學大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。海上自衛隊生徒、宮内庁書陵部編修課非常勤職員、日本銀行金融研究所個別事務委嘱などを経て、2019年より現職。著書に『昭和陸軍と政治』(吉川弘文館)など。

 問題はこうした犠牲に相応するだけの効果が宇垣軍縮にあったかどうかである。宇垣軍縮は第一次世界大戦で出遅れた装備近代化に端緒を付けたという点で大きな意味のある改革だったが、軍備というものは他国との相対化によってその評価が決まるものである。

 宇垣軍縮による一連の近代化が完成間近であった1929年に陸軍省が作成した『列国新兵器整備一覧』によれば、軍用機(陸軍ないし空軍所属)に関して、フランス4000機、イタリア1800機、米国1600機、英国1500機、ソ連1000機であるのに対して、日本は500機に過ぎなかった。

 戦車に関しては、フランス3400両、米国360両、英国220両、ソ連180両、イタリア60両に対して、日本は40両に過ぎなかった。これが4個師団を廃止し、5年の歳月をかけた近代化の成果だったのである。そもそも人件費が安く工業生産力の低い日本において、財源自弁方式の近代化は限界があったというべきだろう。

政軍協調・近代化路線に失望する陸軍

 いずれにせよ、大きな期待をもって実行された宇垣軍縮だっただけに、その成果が期待したほどのものではなかったことが判明したとき、陸軍軍人が感じた失望と反発は大きなものにならざるを得なかった。この感情は必然的に、軍縮の責任者たる宇垣に向かうことになるのである。

 そして宇垣への失望は、彼が主導してきた「政軍協調路線」とそのカウンターパートたる政党勢力へも向かうことになる。「政軍協調路線」は、譲歩することで逆説的に利益を獲得しようとする論理である。しかし、獲得できる利益が支払う譲歩に見合ったものではないとしたら、一体何のための「政軍協調路線」であろうか。そもそも政党は真面目に国防を語り合えるパートナーであろうか。

 かくして宇垣軍縮の成功体験は、長期的にはむしろ「政軍協調路線」への否定的感情と、政党勢力への疑念を増幅させる結果に終わってしまうのである。

 宇垣軍縮の行き詰まりは、宇垣軍縮が目指した近代化そのものへの疑義にも結び付いた。4個師団もの犠牲を払ってもなお欧米列強並みの近代化が実現できないのであれば、そもそも列強の近代化に追従しようと試みること自体が無駄なのではあるまいか。では現状の二流三流装備で戦うことができるだろうか。国防の責任者として戦えないとは言えない、戦わねばならない。その縁(よすが)は結局のところ精神力に求めざるを得ないのである。

 かくして、すでに日露戦争後に芽生えていた精神主義の萌芽は、大戦後の近代化政策の失敗によって、急激に繁茂しはじめることになる。従来の精神主義は、近代化の努力は当然のこととして、それでもなお生ずる近代兵器格差を精神力でカバーしようとする、ある意味では合理的発想に由来するものであった。しかし昭和の精神主義は、合理的には到底埋めきれない近代兵器格差を突き付けられ、それでもなお戦えるという結論を導き出すために、非合理的で狂信的なものにならざるを得なかった。

 当の陸軍軍人にも、その危険性を認識している者がいなかったわけではない。昭和初期の陸軍軍政をリードした永田鉄山は、陸軍軍人が「過度に日本人の国民性を自負する錯誤に陥って居る」様子を次のように批判している。「国が貧乏にして思う丈の事が出来ず、理想の改造の出来ないのが欧米と日本との国情の差中最大なるものなるべし、此の欠陥を糊塗するため粉飾する為に、まけ惜しみの抽象的文句を列べて気勢をつけるは止む得ぬ事ながら之を実際の事と思い誤るが如きは大に注意を要す」。永田の警告は正鵠を射ている。

 しかし永田自身も認めるように、近代兵器の格差がいかんともしがたい以上、精神力偏重も結局は「止む得ぬ事」にならざるを得なかったのである。

参考文献

髙杉洋平『宇垣一成と戦間期の日本政治』(吉田書店)
髙杉洋平『昭和陸軍と政治』(吉川弘文館)
永田鉄山刊行会『秘録永田鉄山』(芙蓉書房)
陸軍省編『列国新兵器整備一覧』
臨時軍事調査委員編『参戦諸国の陸軍に就て』第5版

『Wedge』では、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間である「戦間期」を振り返る企画「歴史は繰り返す」を連載しております。『Wedge』2022年10月号の同連載では、本稿筆者の髙杉洋平による寄稿『戦前から続く日本人の「軍隊嫌い」 深い溝の根源は何か』を掲載しております。
 
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 80年前の1941年、日本は太平洋戦争へと突入した。当時の軍部の意思決定、情報や兵站を軽視する姿勢、メディアが果たした役割を紐解くと、令和の日本と二重写しになる。国家の〝漂流〟が続く今だからこそ昭和史から学び、日本の明日を拓くときだ。
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