2023年1月30日(月)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2022年12月13日

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廣部 泉 (ひろべ・いずみ)

明治大学政治経済学部 教授

東京大学教養学部教養学科卒業、米ハーバード大学博士(歴史学)。名古屋大学大学院環境学研究科助教授などを経て、2009年より現職。著書に『黄禍論』(講談社選書メチエ)など。

 「圧倒的な人口を誇る日本人や中国人などアジア人が、やがて欧米を攻撃し世界の覇権を握るのではないか」――欧州で生まれた「黄禍論」は、やがて米国に定着し、時に米外交にすら影響を与えた。そうした人種差別はオバマ元大統領の就任に象徴されるように薄れつつあるものの、決して消えてはいない。日米外交の重要度が増す今こそ、黄禍論の100年の歩みを振り返ろう
1992年、米国で打ち壊される日本車(AP/AFLO)

 

 2つの原子爆弾を含む米軍の空襲によって日本は焼け野原となり、米軍を中心とする連合軍の占領下におかれ、もはや日本は米国にとって脅威ではなくなった。

 19世紀末から黄禍論を盛んに煽ってきた米国のハースト系新聞グループは、雑誌に見開きで自社広告を出した。それによれば、太平洋に再び平和が訪れたのは、先見の明のあるハースト系新聞が早くから日本の黄禍論に対して警告を発してきたお陰だというものであった。

 そして日本を倒した米国は、戦後は共に対日戦争を戦った中華民国に極東外交の軸足を置くことで、黄禍論という悪夢から解放されるはずであった。

 ところが、中国における内戦で共産党が勝利し、共産主義陣営の一角を占める中華人民共和国が誕生したことで米国の目算は狂っていく。真珠湾攻撃を指揮した山本五十六のおどろおどろしい黄色い似顔絵が米国誌に掲載された開戦直後のわずか十年後には、笑顔の吉田茂首相が表紙を飾っていた。極東において日本を頼らざるを得なくなったのである。

 その一方で、中国を対象とする黄禍論の懸念が増していく。大躍進政策の一環として、中国で国民全体が裏庭の溶鉱炉で鉄鋼を生産することが発表されると、その莫大な人口から作り出される鉄鋼の生産量を計算して米国人は驚愕した。落ち着いて考えてみれば、裏庭で出来るような初歩的な炉で、高品質の鉄鋼が生産できるわけはなく、この計画は間もなく中止される。ここにも、中国の人口の多さに起因する黄禍論的発想が依然として消え去っていないことが表れている。

戦後も「日中合同」を警戒する米国

 こうした共産中国と日本が接近することを、米国は殊更警戒した。日本が主権を回復して直ぐに、日中民間貿易協定が結ばれ、国会で日中貿易促進決議が採択されると、米国政府はこれに神経をとがらせた。1950年代半ばに駐日米国大使館によって作成された報告書は、日中は歴史的に特別な関係にあり、文化的にも人種的にも近い中国から日本に対して「大陸からの牽引力」ともいえるような力が常に働いていると記している。戦前は、日本によって中国が引きずられる形での黄禍を米国は心配したが、戦後は中国によって日本が引きずられるのではないか、と日中が入れ替わっただけで、米国の黄禍に対する恐怖は消えなかったのである。

 冷戦期、米国にとって軍事的に最も危険なのはソ連であったが、米国人の心理は違った。例えば、ある米国人ジャーナリストが「中国の黄色い共産主義は、モスクワの赤い共産主義よりはるかに危険である」と述べたことにもそれが表れている。同様のことは日本側も感じ取っており、朝海浩一郎駐米大使も、米国人は共産主義ロシア人をそれほど嫌っておらず、共産中国を嫌っており、それは日本人が中露に対して抱く感情と逆であると考えていた。


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