マクロン政権は、3月16日、フランス憲法第49条3項に基づき、年金改革法案を政府の責任で実施する提案を行った。同規定によれば24時間以内に提出された不信任動議が可決されない限り当該法案は採択されたと見なされる。野党側より提出された不信任動議についての投票が20日に行われ、可決に必要な国民議会議員の過半数に9票足りず否決された。
欧米主要紙は、マクロン政権が国民議会での議決を回避して年金改革法成立を図ったため国内世論が更に強く反発し、フランス政治の混乱が予想される、と論じている。まず、その典型例として、3月19日付の英フィナンシャル・タイムズ紙の社説‘Macron’s pension reform muddle’の要旨をご紹介する。
マクロンは、フランスの年金制度の改革に賭けている。国民の3分の2が大統領の法案に反対という抗議の声を背景に、少数派の政府は、負けるかもしれない議会の投票を回避することにした。高齢化が進むこの国で、年金不足を解消するためには、制度の改革が必要だ。しかし、マクロン大統領が改革を強行しようとした方法は、大統領とフランスに民主主義の欠落を残す。
フランスの寛大な年金制度を見直すのは、常に気の遠くなるようなことだった。ストライキは避けられず、マクロンも国民議会の議決を回避できる49条3項を過去10回使っている。法案に対する全国の不満はすでに収まり始めていたこともあり、マクロンは、抗議運動の規模を過小評価していた。
マクロンは、有権者にも議会議員にも、その政策の必要性を納得させることができなかったが、それは、昨年、議会の過半数を失ってからは欠かせないことであった。ビジョンを強引に押し付ける彼のやり方は、どのようにメリットがあるとしても、彼の最初の任期を台無しにした「黄色いベスト運動」と同様に、不安を不安定化に変える危険性がある。
フランスが賦課方式の年金制度を見直す必要があり、公共サービスを賄うためにより多くの人々が働く必要がある、とのマクロンの主張は正しい。しかし、政策を押し通すマクロンの手法は、政治的にほとんど理解しがたい。3月11日、上院で必要な票を獲得しており、それを 国民議会の投票に付すべきだった。
短期的には、ボルヌ首相の将来が不透明であるが、長期的にはもっと大きな問題がある。中道右派の野党・共和党は、長い間、年金改革を支持し、キャンペーンを行ってきた。もし、マクロンが実質的な妥協をしてもなお多数派形成のために彼らをあてにできなかったら、2027年までの大統領職の残りの期間、他の野心についても希望は持てないだろう。
そうなれば、フランスをより競争力のある国にできたはずの彼のレガシーを危機に晒す。マクロンは、コンセンサスによるトップダウンではないスタイルのフランス政治を公約に掲げた。この改革を強引に進めようとすれば、彼は、結局は弱体化する。
* * *
3月11日に上院が大差で改革法案を可決した時点で、マクロンは、国民議会でも共和党の賛成を得て余裕を持って承認を得ることができ、歴代政権の長年の懸案を実現し政権基盤を強化する展望が開けたと思ったのだろう。
しかし、その後の予想以上の世論の反発、特に街頭での抗議活動の盛り上がり、そして選挙区からの圧力により共和党議員から相当数の造反議員が出ることが予見され、マクロンは、憲法49条3項の手続きに切り替えた。