私設義勇軍の可能性も
2つ目のシナリオとして、ウクライナ正規軍ではない私設義勇軍やパルチザンの仕業の可能性もある。
露軍の大規模侵攻開始から430日以上が過ぎたが、これまでもロシアへの越境攻撃を行ったとして、複数の部隊が自ら名乗りを上げている。もし、この飛行物体がクレムリンに近い場所から発射されたのであれば、こうした部隊は、首都モスクワにも深く侵入していることを意味する。
テレグラム上で自らのチャンネルも持つ「ロシア志願兵軍団」という部隊はこれまでも、ロシア側の領土を砲撃したり、ウクライナ側から国境を越えてロシア・ブリャンスク州に入って、露軍と交戦したとも公表している。
攻撃用ドローンを含む数多くの兵器や弾薬も豊富に備え、ウクライナ軍とも水面下で連携しているとも指摘されている。
3月16日にはウクライナと国境を接するロシア南部ロストフ州の州都ロストフナドヌーにある連邦保安局(FSB)国境警備隊の庁舎敷地内で爆発が発生した。この火災で、少なくとも4人が死亡、5人が負傷した。
この事件ではテレグラム上で反プーチン派組織「ブラックブリッジ」が犯行声明を出した。FSBを「偽善、暴力、不正の牙城だ」と訴えており、機会さえあれば、FSBの親玉だったプーチン大統領の命を狙うことも視野に入れているはずだ。
一方、昨年8月、モスクワで極右思想家ドゥーギン氏の娘が爆死した事件、4月にサンクトペテルブルクでカフェが爆発し、プーチン支持の軍事ブロガーが死亡した事件の双方の首謀者だ、と主張している過激派グループ「国民共和国軍」の可能性もある。
この一派のスポークスマン役を果たしている元ロシア国会議員のイリヤ・ポノマリョフ氏がクレムリン侵入事件発生後にCNNのインタビューに答えており、クレムリンを攻撃したのは、露国内で秘密軍事行動を行っているパルチザンの仕業であるとの見方を示している。
ロシアによる自作自演も指摘
しかし、1つ目のシナリオも2つ目のシナリオも難があるのは、もしプーチン大統領の命を狙ったのであれば、実行者が成功に到達しえないことがわかっているのに、なぜ攻撃したのかという点だ。
プーチン氏はクレムリンで就寝することはほとんどないとされる。暗殺を恐れるプーチン氏はモスクワ郊外の私邸ノボ・オゴリョボ、故郷サンクトペテルブルク、別荘のあるソチなどを転々として、どこにいるかわからない工作をしている。
このことはすでに周知の事実となっている。これらの邸宅ではどれも同じデザイン、スケールの執務室を作り、実際の居場所とは違ったように見せる工作をしているとも明らかにされている。元ロシア連邦警護庁の警護員が海外逃亡した後にこの内容を暴露した。
特にコロナ禍以降、感染を警戒するプーチン氏がモスクワ・クレムリンに長期間滞在することは極端に減ったという。ウクライナ軍にせよ、義勇軍にせよ、彼らがたった2機のドローンでプーチン氏の暗殺を企てるという遂行手段に、大いなる疑問がもたげてくるのだ。
3つ目のシナリオとして、ロシアによる自作自演という説がある。
米国のシンクタンク「戦争研究所」(ISW)はこの説が最も高いとの分析結果を発表している。理由は「対独戦勝記念日に近い時期にこうした演出をすることで国民の戦意を高め、幅広い動員の条件を整えようとした」ことを挙げている。