2024年11月24日(日)

デジタル時代の経営・安全保障学

2023年6月1日

正確にデータ収集される顔情報

 サーマルカメラにデータ消去機能がないことには驚かされる。サーマルカメラは通常の防犯カメラなどと違い、「顔認証エンジン」という機能が備わっている。

 「顔認証エンジン」とは、文字通り指紋認証や掌認証と同様に、本人を識別する認証システムの一種で、構成要素として「顔検出」、「特徴点抽出」、「認証」から成り立っている。「顔検出」は、顔認証で行われる最初のプロセスで、画像全体をスキャンして人の顔がどこに含まれているかを検出する。「特徴点抽出」は顔を画像として捉えるのではなく、顔画像からn次元のベクトルをいくつか抽出し、顔画像の特徴を抽出するプロセスだ。「認証」は、顔検出によって得られた特徴点のベクトルセットを事前にデータベース化されたベクトルセットと照合し、一致した場合に認証される仕組みをいう。

 少なくともサーマルカメラには、この「顔認証エンジン」の一部の機能、すなわち「顔検出」機能が搭載されている。また、顔認証システムでは、新型コロナウイルス禍ではマスク検出機能が要求され、マスクを着用したままでも本人確認ができるように進化している。サーマルカメラはプライバシーを確実に犯す要素なのだ。

欧米では普及しなかったサーマルカメラ

 米国や英国、欧州では、公衆の監視ツールとしてのサーマルカメラは、プライバシーの侵害だとして普及しなかった。サーマルカメラが新型コロナウイルス対策としてここまで広範囲に普及したのは、中国や日本、韓国、インド、カナダなど一部の国に限定されるようだ。

 米国では、アメリカ自由人権協会(ACLU)がサーマルカメラの使用に反対したため、手持ち式温度計を用いている。米国のプライバシーや公民権の擁護者は、「熱画像では、新型コロナウイルス感染症による発熱と他の高体温の原因を区別できないため、体温上昇をウイルスと同一視すると、多くの人が新型コロナウイルス感染症のリスクであると誤認され、差別などのレッテルにともなうマイナス面に直面することになるだろう」と警告している。

 ACLUは「公衆衛生の専門家が技術の問題があったとしても、それが価値のある措置であると言わない限り、検温は実施すべきではない。専門家は可能な限り、チェックの有効性に関するデータを収集して、トレードオフに価値があるかどうかを判断する必要があります」と勧告している。

 また、米国のデジタル社会での自由を守る電子フロンティア財団(EFF)は、「サーマルカメラは、弱い立場にある人々に対する嫌がらせや過剰な取り締まりを支援する。そして顔認識への扉を開きます」とし、サーマルカメラの有効性には疑問があることを踏まえ、一般大衆の監視にサーマルカメラを使用しないよう警告している。

 英国のヒースロー空港では、サーマルカメラの使用を検討していたが、米国と同様にプライバシーの観点から、イングランド公衆衛生局が英国の空港では使用しないことを決定している。

 日本ではサーマルカメラの技術的有効性やプライバシーに関する議論もないまま、サーマルカメラが普及してしまったようだ。プライバシー問題はさておき、政府はパンデミックの再来に備えて、今からでもサーマルカメラの有効性について検証すべきだろう。


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