トルコとの関係強化が
国際秩序安定への重要な一手に
以上、見てきたようにトルコの〝全方位外交〟という基軸は変わらないだろう。その中で留意すべきは、エルドアン大統領には欧米が主導する国際秩序形成への不満があり、トルコが国際社会でより大きな役割を果たせるという自負が見られることだ。
トルコには元来、オスマン帝国の後継としてのナショナル・プライド(自尊心)がある。さらに、ヨーロッパ、旧ソ連圏、中東の結節点という地政学的な特徴から国際政治上でその重要性がたびたび指摘されてきた。
冷戦期においては、1952年にNATOに加盟して以降、ソ連に地続きで接する唯一のNATO加盟国であり、62年10月のキューバ危機ではソ連に向けたジュピターミサイルが配備された。イラクの隣国であり、米軍基地があるトルコは91年の湾岸戦争でも2003年のイラク戦争でもその基地使用許可の有無が多国籍軍の戦略を左右することとなった。
10年末から11年にかけての「アラブの春」に際してもトルコはムスリム(イスラーム教徒)が大多数の国における民主化進展のモデルとして存在感を示し、15年から16年にかけてのヨーロッパ難民危機においてはシリア難民の流入を管理するうえで決定的な役割を果たしている。
だが、近年、北シリアのクルド民族主義組織への支援に代表されるように、欧米は自分たちの利益や安全保障上の戦略を優先させ、トルコに配慮を見せなかったことで、エルドアン大統領の欧米不信は強まっていった。昨今、トルコが中国やロシアに傾倒するとみる向きもあるが、ロシア・ウクライナ戦争下でも仲介を試みるトルコの外交を尊重し、その必要性を強調し、関係を深めていくことが、国際秩序の安定に向けて重要な一手となるのではないか。
最後に、日本とトルコの関係について付言したい。日本とトルコは地政学的な特徴が全く異なる。日本は周りを海に囲まれた島国、対してトルコは周りをさまざまな国に囲まれた国である。日本は全方位外交ではなく、米国や豪州といった特定の国との強固な関係を外交の基軸としている。一方で日本の周りには中国、ロシア、北朝鮮といった安全保障上脅威となる国が存在する。こうした国々とどのように対応していくのか、トルコの全方位外交は一つのヒントを与えてくれるだろう。
また、今年2月に発生したトルコ南東部の大地震の際、日本は緊急援助部隊を派遣し、現在も復興支援に努めている。両国には地震国という共通点があり、日本の地震対策や耐震技術の供与は両国の関係の柱になりうるものである。さらに日本は今年、主要7カ国首脳会議(G7)の議長国である。欧米諸国およびトルコと関係が良好な日本は両者の橋渡しをすることで国際社会においてその存在感を示すことが可能である。
大統領選挙後のトルコは全方位外交を軸に、ロシアとウクライナの仲介をはじめ、これまで以上に外交で独自色を打ち出す可能性もある。プラグマティズムとナショナル・プライドの間でエルドアン大統領がどのような判断を下していくか、そこに欧米や日本がどう関与していくかに注目したい。