2024年11月25日(月)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2023年6月22日

 例えばシンガポールの場合は、とにかく国民のすべてが先進国型の付加価値を生み出すように、社会人向けの夜学講座を多数用意し、そこに補助金を投入して、経営学修士(MBA)や公認会計士(CPA)などを取らせ、各人がキャリアップを目指すようにしてきている。

 その結果として、年収6万ドルの人材が12万ドル稼ぐようになれば、全体的に国も豊かになるというわけだ。そのようにしてシンガポールは成長し、一人あたりの国内総生産(GDP)では日本には全く手の届かない超先進国になった。

 今回の企画では、プログラミングなども「学び直し」の一環に上げているが、そもそも行列や微分方程式の理解が怪しい中では最新のコーディングは難しい。更に言えば、実際に求められているのは、AIの利用や仮想現実(VR)の実用化などテクノロジーを文明論のレベルで議論し、世界を変える人材だ。それ以前の問題として、24万円のコースを受講してプログラム言語の初歩を学んだとして、英語圏やインドなどの人材と競争できるはずもない。

「日本企業のため」が見られない

 2番目は、現在しっかり現場を回して日本経済に貢献している事業会社のことが省みられていないということだ。実務がしっかりしているが、より踏み込んだDXを進めたい、そのために社内人材の底上げをしたいというような本物の「リスキリング」を推進するような企業への助成については、今回の構想は対応していない。

 それどころか、せっかく現場で責任を果たしていても、「隣の芝生は青い」という錯覚から、勤めている企業を飛び出してしまうような若者を、この「政府事業」は後押ししてしまうという懸念もある。24万円分の講習を受けて、プログラミング言語の初歩を学んだとか、エクセルを学んだからといって、キャリアアップになるはずもないのだが、勘違いから現在の職責を捨ててしまう若者が続出するようでは、元も子もない。

 それにしても、不思議なのはこの「学び直し」事業の中に、現在もっとも日本経済が必要としているスキルである、英語、データサイエンス、財務会計、国際法務といった内容が除外されているということだ。

 何とも首をひねる内容なのだが、もしかしたら岸田政権は、次のようなシナリオを思い描いているのかもしれない。それは、「これから給与が上がっていく正社員」で、現状に不満を抱えているが、「高付加価値人材に成長する可能性は薄い層」を自ら「終身雇用システム」から「降りる」ように仕向けて、日本経済全体としてのコストダウンを図るというシナリオである。

 つまり本来は最先端のレベルでの個々人と全体の競争力を高めるための「人材の流動化」とか「終身雇用制度からの脱却」ということを、まずは中間層をターゲットとして実施する、つまり全国レベルの壮大なリストラを計画しているのかもしれない。


新着記事

»もっと見る