不死身の強権治安国家ロシア
プリゴジンの乱は異常な衝撃を生み、ロシアの深刻な真実を暴露した。しかし、今のところ、国を揺るがす動きにはなっていない。少なくとも表面上はそうだ。やはり背後には「シロビキ(力の組織)」と呼ばれる強力な治安・諜報機関と軍や警察などの武力装置が国を徹底して抑え込んでいるということであるらしい。
歴史的にロシアという国では国家保安委員会(KGB) とその後継組織が常に背後で国を支配し、指導者を作り出し、それを支えて来た。要するに彼らが背後で国家の重要事項を差配してきた。プリゴジンの反乱はこの強権治安システムにとっては異常事態であり、打撃であったが、このシステムが崩壊するという議論にはなっていない。
何故このシステムは崩壊しないのか? 単純化すると組織自体の自己防衛論理だ。
ロシアの治安当局は過去1世紀の間に数千万人を虐殺し、投獄してきたとされている。当然それに加担してきた支配者層は復讐を恐れるからこのシロビキによる強圧システムを断固維持しようとする。
このようにして弾圧と暴虐はほぼ永続的に再生産されていく。そして「だからロシアでは民主化等起きるはずはない」という議論になる。
この議論はそれなりに正しいようだが、一方で暴虐は決して永続していないという現実もある。いずれは政変が起きる。現に政変はさまざまな理由で起きる。
ロシアでは民主主義への移行は困難だ。簡単にできるとは想定すべきではない。こういう意見がある。その通りだ。
しかしあの国には民主主義を志向する勢力が存在していることも確かな事実だ。そういう民主勢力が全く無力で箸にも棒にも掛からないのなら、プーチン大統領は野党指導者ボリス・ネムツォフを暗殺し、暗殺し損ねた反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイを長期間投獄し、民主化勢力の掃討作戦をあれほど徹底してやらないはずだ。
西側と日本に「対処方針」はあるのか?
6月26日、英国のリズ・トラス前首相はプリゴジン隊長の反乱のわずか2日後、英国議会下院で「ロシアの新しい事態を受けて英国政府には対処方針はあるのか?」と質問した(”Liz Truss calls for UK to have plan if Russia collapses after Wagner mutiny”)。前首相がこの反乱の持つ深刻な意味合いを深く受け止めていることを示している。
仮に今回の事件がロシアの政変に繋がるとしたら、一体これから何が起きるのか? ユーラシアの地政学を一変させる展開になる可能性がある。
そうなると、この事件は全球的にも影響を与えるかもしれない。隣国日本も当然「対処方針」を持たねばならないだろう。