バーグマン氏はここで米国のウッドロー・ウィルソン大統領が第一次世界大戦の末期の1918年にドイツを降伏に導いた「公正な平和」のビジョンに言及している。当時、ウィルソン大統領はドイツに「公正な平和」を約束し、ドイツ人が他国の基本的権利を否定しなければドイツ人にも同様の権利が与えられると保証したのだ。これが最終的にドイツを降伏に導いた。
参考になる前例があるのだ。この前例に倣って、バイデン大統領は今や「プーチン後のロシア」がどのようなものになるのかをロシア人に説明するべきだというのがバーグマン氏のポイントだ。同氏によればそれは「プーチン後のロシアは欧米社会の一員として迎えられ、平和的に繁栄できる」という保証だ。
重要なことは、ロシア人がプーチン大統領の交代に向けて動くべきことを示唆している点である。抑々、プーチン大統領はこの戦争を「ロシアと西側諸国との間の壮大な文明的衝突」として描こうと躍起になってここまでやってきた。そしてロシア国民には自分をそういう文明史的な戦争を勝ち抜く英雄的存在だというイメージを刷り込んできた。
しかし、私見では元々この戦争はそれ程大それた話ではない。これは米国を何としても懲罰したいというプーチン大統領の個人的な憤怒と嫉妬と怨嗟と野心に由来するものだ。壮大な文明戦を戦っている最中だから最高司令官を変えられないという議論があるとすると、それは当てはまらないはずだ。
ロシア〝転換〟で西側が支援体制を
バーグマン氏は、「プーチン氏を交代させたら欧米社会はロシアを受け入れ、ロシアは欧米社会の一員として平和的に共存共栄の道を辿ることが可能になる」と論じ、さらにそのことをバイデン大統領がロシア人、特にロシアを動かしているエリート層に直接伝えるべきだと主張している。このような展開をバイデン大統領が起爆すべきだというのがバーグマン氏の趣旨だ。
要するにプーチン大統領が交代したら、西側は戦争犯罪や賠償などの問題解決を前提に対ロシア制裁を解除し、逆にロシア支援に廻る。新生ロシアに向けて経済的に大きな資源と技術の移転が起きる。自治体レベル、職域レベル、学術レベルの交流、学生交流などの面でロシア社会と欧米は大規模な接触を始める。
バーグマン氏は2024年夏のフランス・パリでのオリンピック・パラリンピック大会にロシアは誇りを持って出場できるとも論じている。さらに、ロシアの青年は欧米の大学で学ぶことが出来ると論じ、兎に角、「脱プーチンを実現したロシアは貧困と孤立ではなく、繁栄とヨーロッパとのつながりによって定義される未来を持つと確信できるようになる」と強調している。
なお、ロシアと欧州は運命共同体だという趣旨は既に欧州側からつとに強調されている(〝The EU’s Relations With a Future Democratic Russia〟Wilfred Martens Centre for European Studies, July 2022)。欧州諸国が本稿で論ずるバイデン演説を全面的に支持することは全く疑いが無い。