表舞台から姿を消したのは、プリゴジン、ウトキン両氏にとどまらない。かねてから、ワグネルとの緊密な関係が指摘されていた空軍のセルゲイ・スロビキン総司令官はプリゴジン氏が死亡する前日の8月22日に解任されて〝休暇中〟にあると報じられた。
事実上の軟禁状態にある可能性が高い。スロビキン氏はワグネルの武装反乱直後から動静が不明になっていたが、解任された事実が明確に示された。
さらに7月下旬には、2014年にドネツクで武装勢力が蜂起した際に、その勢力を率いていたロシア軍の元大佐、イーゴリ・ストレルコフ氏が「過激な言動をした罪」で起訴され、逮捕された。有罪になれば懲役5年になる可能性がある。
ストレルコフ氏はロシア軍に対し〝消極的だ〟などと述べるなど、批判的な姿勢で知られ、7月中旬には「つまらない人物が23年もの間国のトップとして国民を欺いてきた。あと6年も同じ目に合うことは耐えられない」と通信アプリに投稿していた。6年という期間は、プーチン氏が再選された後の任期を強く示唆している。
大統領選への準備
これらの事態は、ロシアが〝政治の季節〟に入ったことを強く示唆している。9月には統一地方選挙が実施され、さらに来年3月には大統領選挙が実施される。政権幹部はここにきて、「プーチン氏は9割の得票で勝利する」(ペスコフ大統領報道官)などと、大統領選を意識する発言を行っている。
世論の反応を確認するアドバルーンの可能性があり、政権内部で、大統領選に向けた準備活動が本格化している状況が伺える。プリゴジン氏をはじめとする政権を揺るがしかねない勢力は、このタイミングに合わせてことごとく排除され始めた格好だ。
ただ、プーチン大統領再選の障害となりうる人物らがことごとく排除される状況は、政権の強い危機感の表れともいえる。ロシアはウクライナ侵攻の長期化により、23年の国防予算を倍増させたと報じられている。欧米の制裁を受け石油、天然ガスの輸出による税収入も減少している。そのため、財政赤字が増大しており、通貨安も進み、インフレ基調が続いている。
開戦から数日での決着をもくろんだウクライナ侵攻の終わりが依然として見えないなか、国民は平静を装っていても、内心は決して安心はしていない。そのような不安や不満が、何かをきっかけに噴出する可能性は十分にあり、その封じ込めに失敗すれば、来春にはプーチン大統領が退場する事態は決して排除されないのが実態だ。そのような政権の懸念はまた、再選の障害となりうる人物に対する、さらなる徹底的な排除・粛清の嵐を巻き起こす可能性がある。