2024年5月18日(土)

デジタル時代の経営・安全保障学

2023年8月30日

 この記事が米政府によるプロパガンダの一種だとすると、米政府はベテラン記者との間で、借りができたことになる。米政府と米国大手メディアとの「貸し借り」でなりたっているのが米国のマスコミ事情ということだ。

国民からの信頼を失っている政府発表

 松野博一官房長官は8日午前の記者会見で、この記事に対し「サイバー攻撃により防衛省が保有する秘密情報が漏えいしたとの事実は確認されていない」と説明した。浜田靖一防衛相も同様に8日の記者会見で、「サイバー攻撃により防衛省が保有する秘密情報が漏えいしたとの事実は確認していない」と説明した上で、詳細については「個別具体的なサイバー攻撃への対応を明らかにすることにより、防衛省・自衛隊の対応能力などが明らかになる」として言及を避けている。

 わが国のネットメディアやSNSは、およそワシントン・ポストの記事が正しいものとして、政府の対応を非難する論調で溢れかえった。防衛相が、秘密情報が漏えいしたとの事実は確認していないといっているにもかかわらずだ。

 日本政府の発表よりも米国のメディアの方を信じるのは、相次ぐマイナンバーシステムの不備や年金機構の情報漏えいなど、日本政府のIT構築力のなさに多くの日本人が愛想を尽かしているからにほかならない。

見え隠れする米国の狙い

 この記事が事実であれば、二つのことが気がかりだ。一つは、2013年にエドワード・スノーデンが暴露した大規模な米国政府による盗聴がいまだに行われていることだ。

 通信傍受には米国を代表する大手ITベンダーやOS、アプリ提供会社が協力したとされる全世界的盗聴対象には、日本政府も含まれていたとされている。オバマ大統領は、一般論としながらも「諜報機関を持つ国ならどこの国でもやっていることだ」として同盟国の大使館などに対する諜報活動を否定しなかった。日本政府としては、インターネットの通信機器などにバックドア(盗聴用プログラム)が仕込まれていないか、ネットワークを総点検すべきだろう。

 もう一つの懸念事項は、自衛隊と米国政府との間での信頼関係の欠如である。記事の中に「米国サイバー軍は、東京(筆者注:市ヶ谷の防衛省を指す)に対し、侵害の範囲を特定し、中国のマルウェアのネットワークからの除去を支援するサイバー捜査チーム、ハント・フォワードチームの派遣を提案した」ものの、「自衛隊は自分たちのネットワークに他国の軍が入ってくることに不快感を持っていたと元軍当局者は語った」という点である。

 ハント・フォワードチームは、「法的制約で米軍からの訓練断る 自国を守れないニッポン」でも述べたが、ロシアのウクライナ侵攻に際して、ネットワークやシステムにロシアが侵入する脆弱性がないかを検出する目的で行われた一種の脆弱性試験のようなものである。ウクライナがロシアに侵攻されてもハッキングによる停電やシステムダウンなどに見舞われることがないのは、事前にハント・フォワード作戦を行っていたからだとされている。

 なぜこの時期にワシントン・ポストでこの記事が掲載されたのかを考えるに、台湾有事が迫っているなかで、自衛隊のネットワークシステムの脆弱性に懸念を持った米軍が日本の世論を盾にとり、今一度、ハント・フォワード作戦の実施を申し入れたかったのではないかというのが、筆者の推測である。21年の米軍からの申し出は断られたが、米軍は今も台湾有事の際の自衛隊の継戦能力や在日米軍基地の電力供給が維持されるのかなど、非常に不安視している。台湾有事を勝利に結びつけるには、自衛隊の参戦と在日米軍基地が正常に維持されることが不可欠だからだ。


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