うつに陥る要因は、社会的背景、職場環境、人間関係など幅広く、個人の思考傾向も一様ではない。100人いれば100通りのパターンがあるはず。複雑な要因が絡み合い、気が付かない間にうつ症状を悪化させてしまう。要因は多様だが、そこには物事を正常に捉えられなくなる思考の歪みが存在する。それを見つけだし、思考法を修正していくのが認知行動療法だ。近年、日本でも注目されているが欧米に比べ治療を受けられる場は少ない。今後どのように展開していけばいいのか、認知行動療法の基礎知識を含め、1990年代から認知行動療法に取り組んできた奈良元壽・アドバンテッジ心理学総合研究所代表に聞いた。
奈良元壽(なら・もとひさ)
1979年早稲田大学法学部卒業。米ノースウェスタン大学経営大学院ケロッグスクール修了(MBA)。 筑波大学大学院カウンセリング修士課程修了。横浜銀行、マッキンゼー・アンド・カンパニー、日本総合研究所を経て、1993年EAP、認知行動的カウンセリング、コーチングなどに取り組むフォーサイトを創業。2009年、アドバンテッジリスクマネジメントと合併で同社執行役員に就任。2011年アドバンテッジ心理学総合研究所代表を兼任。早稲田大学非常勤講師。ハーバード大学医学部インスティテュート・オブ・コーチング設立フェロー。監訳書に『自分を愛する10日間プログラム―認知療法ワークブック』(ダイヤモンド社)など多数。
英国は認知行動療法を国が推奨
――認知行動療法は1970年ごろから、うつ病の治療法として欧米で行われていると聞きます。精神医療の先進国である米英では一般化しているのに日本での普及はこれから。欧米ではどのような形で認知行動療法が取り入れられているのですか。
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奈良:英国は保健省が管轄するNHS(国営保健サービス)の下部機関NICEが、各疾病に対するクリニカルガイドラインを作成しています。その中のうつ病のマニュアルをみると、軽度のうつ症状の場合、抗鬱剤投薬は再発など一定の場合に使用するよう推奨し、軽い心理的介入、例えば認知行動療法的なセルフヘルプを奨励しています。それは、書籍を通して知識スキルを得ることやWebプログラムを行う方法、グループ運動療法などです。一方、中程度以上のうつ症状の場合は、抗鬱剤投薬や本格的な心理介入、例えば16回程度の認知行動療法による心理セラピーや対人関係療法などが推奨されています。
英国は国策としてIAPTと呼ばれる認知行動療法セラピスト育成プロジェクトが行われるなど、国をあげて力を入れています。
認知行動療法そのものは米国で開発され、英国と同様に米国は世界的にみて先進的であることは間違いありません。ただ、米国は政府による医療保険制度という面でみれば限定的で、オバマ改革で広がったとはいえ依然として医療保険は民間の損害保険会社と企業、組織が従業員のために結ぶ形が中心です。日本、英国は国民皆保険制度ですが米国は違います。
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*認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy : CBT)とは
認知・行動の両面からの働きかけによりセルフコントロール力を高め、社会生活上で起きる多様な問題の改善や課題の解決をはかる心理療法のこと。
認知はものの見方・考え方であり、行動は社会生活活動の全般。基本的な考え方として環境(状況)、認知(思考)、気分、行動、身体の状態は、影響し合う。気分や行動、身体の状態は、環境(状況)をどのように捉えるか(認知)に影響される(図参照)。
うつに陥ると特徴的な認知の歪みがみられ(表参照)、これが気分や行動、身体の状態などに影響する。これらの間で悪循環が生じ、抜け出せなくなるので、悪循環を断ち切る方法として認知行動療法が有効とされている。