2024年12月12日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年11月1日

 正式な開業宣言が北京の一帯一路サミットの場でなされるとは、如何にもこの高速鉄道が中国のアジア太平洋地域における戦略の産物であることを物語る。そして、直前まで路盤崩壊の補強を含む突貫工事が行われ、安全をめぐる懸念がよぎらないのかとも思ったものの、そのような細かい懸念よりも一気に実現する「速さ」が生み出す政治的アピールの方が優先されたと言って良い。

 実際中国は、ジャカルタ・バンドン高速鉄道(KCJB)を一帯一路における「金色招牌」=最大級の成功例と持ち上げている。例えば中国の陸慷駐インドネシア大使は自身のX (旧ツイッター)アカウントにて、「中国は10年来、習近平主席が提出した『親誠恵容』の外交理念を実践し、中国とインドネシアの一帯一路協力がこの地域で模範的な作用をもたらす中で、この高速鉄道も融合・開放・共同富裕の道となった」とアピールしている。

中国にとって好都合だったインドネシア

 とはいえ、以上の経緯ゆえに、インドネシアが中国との関係に深く傾いているとみるのは早計であろう。そもそも、世界の多くの国は、単純な親/反日、親/反中、親/反米といった尺度では割り切れない。

 インドネシアは、安全保障・防衛面では日本や米国との積極的な関係を有し、自動車・バイク・都市鉄道をはじめ、長年来日本製品を強く選好してきた。日本の大衆文化や食文化も今日広く好評を博している。またインドネシアは、1965年の冷戦下でクーデター未遂事件「9・30事件」以来、反共を掲げるスハルト政権のもと、中国と険悪な関係にあった。

 しかし今やインドネシアは、2045年までに先進国入りするという目標のもと全方位的な外交を進め、東南アジア諸国連合(ASEAN)の中心的役割を担うとともに、昨年はロシアによるウクライナ侵略後の多難な国際関係にもかかわらず、主要20カ国・地域(G20)議長国として議事を辛うじて取りまとめた。

高速鉄道・高速道路・高架中量輸送都市鉄道(LRT)が並走する「先進国インドネシア」のモデル的景観(2023年8月撮影)

 インドネシアはその自負と勢いで、南シナ海・ナトゥナ諸島の問題はさておき、中国との外交関係をも積極的に進めるということなのであろう。さらにインドネシアは、新首都ヌサンタラの建設、希少金属などの資源開発と精錬の国産化、深刻な大気汚染を緩和するための電気自動車(EV)化、急速なデジタル化といった戦略を描き、中国からも主体的に資金と技術を引き出そうとしている。そして、ライドシェアなどデジタル技術の社会実装という点では、今や日本とは比較にならないほど先進的な分野もある。

 2013年に一帯一路を立ち上げた中国にとって、このような国の存在ほど好都合なものはない。

「一帯一路」を進める本当の意図

 中国は1950年代から、領土及び主権の不干渉・不侵略・内政不干渉・平等互恵・平和共存を旨とする「平和共存五原則」を国際関係の基本原則として掲げた。これ自体は、チベットを取り巻く中印関係の悪化が、建国・独立間もない中印両国の足枷となるのを避けるためであった。

 さらにはバンドン会議をインドネシアのスカルノ政権などと主導して、アジア・アフリカ諸国及び第三世界のリーダーとしての自負心を抱いて以来、西側及びソ連の圧迫に対して強く反発しつつ途上国を支援し、多角的な外交関係を進めてきた。(バンドンは中国外交にとって記念碑的な場所であるゆえ、なおさら日本ではなく中国の高速鉄道を造ることを狙ったのではないかと筆者は思案する)

 1970年代以後、中国はソ連の脅威ゆえに西側と妥協し、89年にはカンボジア問題や中ソ国境問題の妥結によりソ連とも関係を正常化させたが、その際も一貫していたのは「平和共存五原則」であった。


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