その狙いは忘れかけられているパレスチナ問題に再び世界の耳目を集め、アラブ諸国も参戦せざるを得ないような大惨禍を作ることだった。01年、国際テロ組織アルカイダのオサマ・ビンラディンが9・11(米中枢同時テロ)を引き起こした際、米国の激しい報復でイスラム世界と西側との世界的な対決になることを望んだのと同様の論理だ。
そのために攻撃計画を作成したハマスのガザでの指導者、ヤヒア・シンワルらから戦闘員に対する指示は「できるだけ多くの人間を殺せ」「できる限り多くの人質を取れ」などと過激なもので、一部の戦闘員にはもう1つの自治区であるヨルダン川西岸まで侵入するよう命じていた。これらはイスラエル軍に殺害された戦闘員が所持していたメモなどから明らかになった。
ハマスの〝牙〟を抜いたとの驕り
それにしても諜報・傍受能力に絶対的な自信を持つイスラエルはなぜ、奇襲攻撃を探知できなかったのか。そこには〝死んだふり〟ともいえるハマスの計算しつくされた偽装作戦があった。ハマスとイスラエルは21年5月に大規模な交戦をして以来、衝突は鎮静化した。
シンワルらハマスの幹部はイスラエル撲滅という主張をしなくなり、イスラエル政府や情報機関の間では「ハマスは変わった。新たな戦争を望んでいない」という見方が強まった。イスラエルはガザの住民にイスラエル領内で働くことができる2万人分の労働許可証を発行。さらにはカタールによる1カ月3000万ドルのガザ援助を容認した。いずれもハマスに対する寛容な措置だ。
ハマスはその後、ガザのもう1つの過激派「イスラム聖戦」がイスラエルにロケット弾攻撃を仕掛けた際、攻撃に加わろうとはしなかった。そればかりか、一部の情報として伝えられるところによると、ハマスはイスラエルに協力的だとの印象を与えるため、「イスラム聖戦」の情報をイスラエル側に漏らしていた兆候があるという。
こうしたハマスの軟化を受け、イスラエルはより大きな脅威はヨルダン川西岸の若者の過激化であり、レバノンの反イスラエルのシーア派組織ヒズボラだとの認識に変わっていった。ガザとの境界には最新式の警戒装置を備えたフェンスや壁があり、ハマス対策には「これで十分」と甘い判断をした。
ネタニヤフ政権のパレスチナ対策の基本は「分断統治」だ。07年にハマスがパレスチナ自治政府の主流派ファタハを武力でガザからヨルダン川西岸に追放した後、イスラエルは両勢力をいがみ合わせ、分断して統治するやり方を取ってきた。
支配者が被支配者を分断し、被支配者の勢力を弱める古典的な手口だ。被支配者が一つになって支配者に立ち向かってこないようにするためだ。