2024年5月14日(火)

Wedge2023年12月号特集(海事産業は日本の生命線)

2023年11月21日

松下さんにとっての〝家族〟

 「船の目的は至ってシンプル」と語る松下さん。「安全かつ時間通りに貨物を目的地まで届けること。国籍、年齢、乗船歴などがバラバラでも、それを受け入れて乗務員全員で目的を共有し、一人ひとりが役割を全うして初めて達成されます」。何よりチームワークが試されるのだ。

 自然を相手にするからこその難しさもある。「気象、風速、波の高さ、情報のほとんどは『予測』にすぎず、実際は現地に行かなければ分かりません。自分の航路選定や都度の判断は正しいのか、安全性と効率性を両立できているかと常に自問自答します。だからこそ、『人の意見を聞く』ことを大切にしています。自分が初めて行く海域でも、乗組員の中には行ったことがある人もいます。その時の情報をもらいながら、ベストな判断をする。そのために、普段からみんなが意見を言いやすい空気づくりを心掛けています」。

 運航管理はもちろん、予算に限りがある中での食料調達にも気を配る。寄港地ごとにどんな食材をどのくらい積むかを決めるのも船長の重要な仕事の一つだ。現地の港湾関係者とのやりとりは苦労も多く「タフな交渉になることもありますね」。

 「乗組員は家族」と話す松下さんだが、船を下りれば2児の母。「夫も船乗りなので、親戚や友人の助けを借りて子育てをしています。『完璧』は求めず、子どもも含め各々ができることをして支え合う。船と一緒で家族もチームワークです」と笑う。

 「当時7歳の娘が、学校でなりたい職業ランキングを書いた時、『船乗りは7位にしてあげた』といたずらっぽく言われました。私は天職に出会えましたけど、それは幸せなこと。この先何が起きるか分からないので、子どもたちにはいろいろな体験をしてもらいたいですね」

 海と船を心から愛する船長は、肝が据わりながらも繊細で、どこにいても〝家族思い〟な人だった。

   
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Wedge 2023年12月号より
海事産業は日本の生命線 「Sea Power」を 国家戦略に
海事産業は日本の生命線 「Sea Power」を 国家戦略に

船を造り(造船)、船を動かし(海運)、貨物を出し入れする(港)─。海に囲まれた日本は、これら3つを合わせた「海事産業」がないと成り立たない。だが、足元の状況は厳しい。人手不足や高齢化など、他産業よりも深刻な危機に直面しているからだ。海事産業の現場を歩き、課題解決に向けた取り組みについて取材した。


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