2024年11月25日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年12月11日

 キッシンジャーは一貫して、国家間の勢力均衡と精緻な関与を通じて、何よりも秩序と安定を追求し、それにより戦争を回避することを目指した。物事を一気に進めず、漸進主義をとりながら、国家間の関係を管理した、対ソ連を睨んでの共産主義の中国との関与、ソ連との間でのデタントと呼ばれる軍備管理交渉、1973年の第4次中東戦争後の中東の秩序を形作るための関与といった、キッシンジャーの歴史的功績は、こうした現実主義の思考様式の賜物である。

 他方、キッシンジャーの漸進主義は、過大な目標という弊害を排除する一方で、関与不足に陥ることもあったと指摘される。

 イグネイシャスも指摘する通り、キッシンジャー外交は確かに「非道徳」である。よく批判されるのは、目的を達成するためには、独裁体制を容認したり支持したりすることも厭わなかった点である。

 71年のバングラデシュ独立の際は、苛烈な弾圧が報告されていたパキスタン政府を支持したが、これはパキスタン政府が米中関係の仲介をしていたためである。73年のチリの共産主義のアジェンデ政権打倒クーデターへの関与でも厳しい批判を受けている。

 また、キッシンジャー外交には、大国間での勢力均衡を重視するあまり小国を犠牲にするとの批判もある。キッシンジャーに言わせれば、人類の滅亡につながり得る大国間の核戦争の回避を優先させるのが当然、ということになるのだろう。

教訓を学び続けなければならない

 人権、人道主義、国際的法の支配といった価値観が遥かに重視されるようになるとともに、情報の拡散が規模においても速さにおいても飛躍的に拡大した現代においては、「非道徳」を徹底するのは困難かもしれない。外交政策を有効かつ円滑に進めるには、国内外に対して「正しさの物語」を如何に説得的に示せるかという観点も不可欠になってきている。

 そうではあっても、国際政治を分析する枠組みとして、現実主義は現在でも有効である。国家間のパワーバランスは依然として国際秩序を決定づける重要な要素であり、これは今後も変わらないだろう。それゆえ、われわれはキッシンジャーの教訓を学び続けなければならない。

 なお、キッシンジャーは、日本の核武装が3~5年後に起こると予言していた。

 キッシンジャーの対中姿勢について言えば、彼の親中姿勢は甚だしかったが、彼のみならず冷戦後も多くの米国の指導者が対中宥和的姿勢を続けたことは、道徳的観点だけでなく、現実主義の観点からも疑問がある。それは、現状維持の大国 (米国) が台頭する大国(中国)を過小評価したことになるからである。ただし、今や米国の対中政策はかなり強硬となっており、もはや大きく後戻りすることは考え難い。

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