2024年12月22日(日)

Wedge REPORT

2024年1月9日

(resignation letter/gettyimages)
 鈴木 仁志(すずき・ひとし)2008年にレジェンダに入社して採用のコンサルティングなどを行う、15年同社経営企画室長、17年に退職しハッカズークを創設して社長に就任。43歳。神奈川県出身

「中途退職による社員との別れを、会社の資産に変えたい」ーー。日本社会全体で人材不足が常態化する中で、一度は会社を辞めた退職者と繋がることで、お互いにとってWin-Winの関係を構築しようとする会社が増えている。今まで多くの日本企業では、会社を辞めた社員のことを「裏切り者」のように扱い、退職と同時に縁を切ることが多かった。

 しかし、社内も知ったうえで社外で活躍している貴重な存在である元社員は、辞めた会社にとっても重要な人的資本であるという新たな見方が芽生えている。この辞めた社員と元の会社をつなぐ「アルムナイ」という領域でサービスをいち早く提供して、既に100社近い会社が契約を締結しているハッカズークの鈴木仁志社長にその狙いなどについて聞いた。

ーー 会社設立のきっかけは。

鈴木社長 前職で人事や採用のコンサルティングサービスなどを提供していた際に「社員にどれだけ投資をしても、退職と同時にそれまでの投資が無駄になってしまう」という声をクライアントから聞いていた。

 当時日本企業において、そのような退職に関する悩みの対策として行われていたのは退職防止策ばかりで、退職者と関係を構築するという考えは一般的ではなかった。一方で、欧米では大学の卒業生を「アルムナイ」と呼び、企業でも退職者をコーポレートアルムナイと位置付けている。

 コンサル業界では早くからコーポレートアルムナイとの関係構築を実践してきており、マッキンゼーなどはホームページ上で「退職するのは問題でない。むしろ彼ら彼女らがグローバルリーダーとして成し遂げていることを誇りに思う」とポジティブなコメントを載せている。

 企業と退職者が繋がるこのアルムナイという思想は日本社会にとっても重要だと考え、2017年に起業した。サービスの提供を始めると、想像していた以上に「退職者=裏切り者」という考えが強く残っていて、否定的な声も多かった。設立してから最初の3年間は期待していたほどの手応えがなかったが、21年からこの3年間は急に問い合わせが増加、契約件数も伸びてきている。

ーーなぜそうした変化が起きたと思うか。

鈴木社長 いまに始まったことではないが、日本社会全体が人材不足で困っている。そしてそれは「誰でも良い」わけではなく、どの会社も自社にとって最適な人材を求めている。これまでも、女性の活用、シニアの再雇用、外国人の導入などにより、テクノロジーの活用、など多くの対策を打っているが、「アルムナイ」という自社にとって最適な人材とつながる最も有効な手段の一つを除外していた。

 いまようやく企業が「退職による損失」と「退職者の価値」の大きさに気づき始めていて、再雇用やビジネス連携などの様々な可能性を視野に入れて、退職者との関係を構築すべきだと考えている。辞めた人材との関係を活かすべきということに企業が気付き始めている。

 現場レベルだけの話だと思われがちだが、パナソニックを退職後にダイエーやマイクロソフトで要職を務めた樋口泰行氏が、パナソニックの関連会社であるパナソニックコネクト社のCEOとして戻ったなど、経営陣レベルでの事例もある。

 いま日本の労働市場を見ると、全体の7割が転職経験を持ち、正社員に限っても半分が転職経験があるなど、転職が当たり前になりつつある。しかし、終身雇用という考えが残る日本社会において、会社を辞めることはその終身雇用という心理的契約を反故にするイメージがあり、社員も会社もまだ慣れていない面がある。その結果、辞める社員は辞めた会社にネガティブなイメージを持ち、会社側は辞めた社員を裏切り者扱いする悪しき習慣が色濃く残っている。

 会社としてせっかくお金をかけて育ててきた人材が突然辞めると、企業としてのそれまでの投資が大きな損失になる、という考えがあることから、辞める社員に対して上司がパワハラスメントまがいの言動を取ったりすることも多い。

 しかし、そのように感情的に退職者を裏切り者扱いすると、誰にとっても非生産的な関係になり、何のメリットもない。辞める社員の数が減らない、優秀な社員が辞めているという傾向はこれからも大きく変わることはない。そこで多くの企業は、退職者とつながりを持たないのは損失であり、積極的に退職者との関係を築くべきだと、逆の発想になってきている。

ハッカズークのサンプルページ

ーー ハッカズークのウェブサイトを見ると、サービスを提供している会社では、トヨタ自動車、日揮などの製造業から、三菱UFJ銀行やみずほフィナンシャルグループ、野村ホールディングスなど金融系のロゴが並んでいる。どんな企業がサービスの提供を受けているのか。

鈴木社長 契約を結んでいる企業は、製造業や金融系に限らず、商社やIT系、コンサルティングや人材系など、業界を問わず幅広い。

 昨年までは首都圏の大企業が中心だったが、最近では地方銀行や地域の中堅企業も増えてきている。現在は100社近い企業と契約している。

ーー ハッカズークとしてはどのようなサービスを提供して、どうやって収入を得ているのか。

鈴木社長 退職者と関係を構築するためのクラウドシステムから、コンサルティングまですべてをワンストップで提供し、企業からサービス利用料をいただいている。サービスを導入していただくと、退職者の経歴や現在のニーズなどの情報を含むデータベースが構築できて、企業側は管理システムで退職者の情報にアクセスできるようになる。

 システム上はもちろん、退職者のヒアリング代行なども行っており、退職理由や退職後にどういう仕事をしていて、現在どのようなニーズがあるかなど、さまざまな角度から退職者の分析も行う。そうすることで、会社側にとっても退職者の動向を把握できて、会社の事業展開に合わせて退職者の仕事と協業したり、再雇用の案内をしたり、アルムナイ同士が繋がることを支援するなどのアクションに役立てられる。

 一方、退職者にとっては、会社から一方的に再雇用の案内だけが来たり、会社に情報を管理されるだけのシステムに登録するメリットはない。システムに登録することで、それまでは繋がりがなかった他の退職者と繋がることができ、どこで何をしているかを知ることができたり、ビジネス協業などを目的に連絡を取ることができたりなど、退職者同士の交流にも使える。会社との繋がりと退職者同士で繋がりの両方をできるのはメリットが大きい。

 日本でのアルムナイ市場においてハッカズークが持つ圧倒的な市場シェアを活かして、他社でのベストプラクティスを用いながらも、個社ごとにカスタマイズ性の高いサービスの提供を実現している。退職者といっても、バックグラウンドや、いま置かれている境遇が異なるため、それぞれの退職者のニーズに合わせたアルムナイコミュニティを作っている。そうすることで、ユーザー企業は自社のニーズと、自社退職者のニーズの両方を満たすことができるのが当社サービスの特徴であり、ほかとの差別化ポイントだ。

ーー 辞めた社員に対する見方も変わってきているか?

鈴木社長 最近では大手商社やコンサルティング会社などが、ウェブサイトに退職者の声や活躍ぶりを掲載している。コンサルティング企業のドリームインキュベータ社は、ベンチャーやプライベートイクイティ(PE)ファンドで活躍する退職者のインタビュー記事を掲載していて、「ここで働くことで市場価値が高くなるキャリア形成がイメージできる」と、同社の候補者からの評判が良いという。

 つまり、外部で活躍している退職者から見た意見を掲載することで、終身で勤務するつもりのない候補者にとっても大いに参考になるということだ。退職者を裏切り者ではなく、会社の資産ととらえる会社の方が、候補者からも選ばれるようになっている。

 数年前から、企業の人的資本経営の重要性が叫ばれてきたが、アルムナイとの関係をいかに活用するかも人的資本経営における重要な要素の一つになってきている。組織を拡張的に捉え、「アルムナイも社外の人的資本である」と会社が言えるようになるためには、お互いにとってWin-Winで良好な関係が必要となる。かつてのような辞めた社員に対する悪いイメージではなく、社内と社外の両方を知る経験豊富で貴重な人材として歓迎する姿勢に変わってきている。

 最近では社員に対する講演会に退職者が呼ばれて講演したり、社員に対するメンター(相談)役を行ったりする企業も多い。会社の外をまったく知らないまま退職を考えている社員にとって、「隣の芝生」(会社の外)は青いように見えるが、退職者の話を聞くと「現実はそれほど甘くない」ことの実態を聞けたり、恵まれている今の環境を改めて再認識するきっかけになったりもする。退職者の経験は、現役社員にとっても参考になることも分かってきている。


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