AI時代で変わる偽情報の姿
フェイクニュースをテーマにした数々の本でいつも書かれているように、インターネットの世界では恐怖や不安に訴える偽ニュースや都市伝説的な話ほど「速く」「広く」拡散する。それがここ20年間の特徴だった。
ところが、今や次の革新的技術である人工知能(AI)の爆発的な普及が進行している。これまでも本物と見分けがつかない偽動画や偽画像を作ることはできたが、それは専門家が専門技術と多額の費用をかけて作っていた。
例えばスティーヴン・スピルバーグ監督の映画「E.T.」は1000万ドル、15億円(1ドル150円換算)の製作費をかけたと言われるが、現在はAIソフトを使ってE.T.もどきの画像はもとより動画までも案時間で安価に作ることができる。ということはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)による文字情報の時代からAIによる画像情報の時代に入ったということだ。
そしてその効果は驚くべきものだ。例えば、プラスチック製のストローは環境に悪いからやめようなどとSNSにいくら書き込んでも結果は出なかった。ところが世界中のプラスチック製ストローを激減させたのが、鼻孔にストローが刺さった1匹のウミガメの写真だった。
文字情報以上に画像情報は感性に強く訴えかける。だから、正しい方向に使えば大きな効果がある。しかし、同時にフェイクニュースの手段としても文字情報とは比べ物にならないくらい強力だ。
こうして「ディープフェイク」と呼ばれる識別が極めて困難なフェイクニュース画像が氾濫する時代がやってきた。偽画像と分かって面白がるだけなら大きな問題にはならないだろう。しかし偽画像を本物と勘違いして不安や怒りが生まれ、社会、経済、政治にまで大きな混乱をもたらす可能性は大きく、国際的にその対策の検討が始まっている。このような新しい事態に対処しなければならない。
人によって異なる「フェイク」定義
筆者2人は「食品安全情報ネットワーク」(FSIN)の共同代表として、メディアで流布する非科学的なニュースを見つけ、新聞社などに訂正を求める活動を2008年から続けてきた。しかし、インターネットの普及でおかしな情報はあまりにも増え過ぎ、一つ一つに対処する作業は困難を極めている。ならば、読み手がフェイクニュースにだまされないリテラシー(情報を読み解く力)を身に着けておくことも重要である。そのためには、「そもそもニュースとはどういうものなのか」「記者はどんな思考や癖で記事を書いているのか」「ニュースのバイアスはどのようにつくられるのか」「虚偽の情報はどのような手法でつくられていくのか」といった実践的な基本知識を得る必要がある。これで情報の裏側を見る目が養えるはずだ。
一般に「フェイクニュース」の「フェイク」と言えば、意図的な狙いで流す虚偽の情報、または意図せずとも結果的に間違った嘘の情報を指す。しかし、「意図的な虚偽情報」という狭い範囲に限定せず、もっと幅広い意味で「フェイク」という言葉を使う場合もある。
米国の共和党のトランプ前大統領が米国の新聞やテレビの多くが流すニュースに対して、常に「フェイク」だと形容した背景には、米国のメディアの大半(ワシントンポストやニューヨークタイムズ、CNNなど)が共和党ではなく、明確に民主党を支持する媒体だということも関係しているだろう。これは言い換えれば、トランプ前大統領の目から見ると、おそらくメディアの大半が「偏った情報」に見えるのだろう。そういうメディア空間への反発心から、「フェイク」という言葉が出てきたのではないかと推測する。