緩やかな絆が住み心地を良くする
――生き心地の良い町として徳島県の海部町(現海陽町)と、自殺多発地域であるA町を比較して、何が違うのかを明らかにしていますね。どうでもいい話なのですが、私の姓は海部(かいべ)で、先生が研究地域にしたのは海部(かいふ)町です。私の出身地ではありません。
岡:偶然ですね。海部町は江戸時代に移住者たちが作り上げた町ということもあり、独自のコミュニティーを形成しています。その特徴的なことが5つ。(1)多様性を重んじること。均質化を嫌い、個を尊重し、身内意識が薄いということがあります。(2)人物本位を貫いていること。海部町はA町よりも問題解決能力を重視しています。移住してきた人たちにとって前の居住地での身分などよりも、直面する課題に取り組めることが大事だったのでしょう。
(3)適切な援助希求行動をとれること。病気や悩みごとは抱え込まずに、重症化する前にオープンにせよという言い伝えがあります。アンケートでも「悩みを抱えた時に、だれかに相談したり助けを求めたりすることを恥ずかしいと思うか」という質問に「思わない」と回答したのは、海部町が63%、A町は47%でした。当然、海部町にもうつ症状の人はいます。近隣の精神科病院で聞くと、「海部町の人は早期の段階で来るので重症化しない」ということでした。
次が重要なのですが(4)切れていないが緩やかにつながっていること。絆が大事だと言われ続けていますが、強ければいいということではありません。海部町はあっさりしているのに対し、A町は強く濃密な人間関係が固定化しています。そこでは弱音を吐きにくく、いざという時に助けを求められない。「監視社会」であるともいえるでしょう。海部町の住民に話を聞くと「よそから来た人に関心は持つ。でも、関心と監視とは違う」と言います。緩やかな結びつきは、生き心地の良さにつながると思います。
最後に(5)自己効力感をもつ人たちが多いこと。たとえ自分はちっぽけな人間でも、何もできないわけではないという考え方です。アンケートでも「自分のような者に政府を動かす力はない」と考える人は、A町が51%に対し海部町は26%でした。
このようにコミュニティーで共有する価値観が、自殺率の高低差に影響している可能性が見えてきました。