外国企業が米国の象徴的存在を買収しようとした際に強い反発が生じるのは、今に始まったことではない。1980年代に三菱地所がロックフェラーセンタービルを買収した際にも強い反発が起こった。
だが同盟国である日本は、現在では米国経済を脅かす存在ではない。にもかかわらず両大統領候補がこのような姿勢を示すことは、米国内で雇用を生み出す外国企業の対米投資を慎重化させる恐れがある。外国企業の懸念は、バイデン政権の貿易・経済政策の方針が明確でないことによっても増幅されている。
全米鉄鋼労働組合が求めるもの
第二次世界大戦以後、日米間ではさまざまな分野で経済紛争が発生してきた。かつて、輸出攻勢で米国の鉄鋼産業を苦しめた日本の鉄鋼企業が、米国企業に財政的にも技術的にも支援し、米国内で鉄鋼を製造するようになること、そして日米が世界の鉄鋼市場で優位を誇る中国に協働して対抗することは、米国にとっても好ましいはずである。
だが、全米鉄鋼労働組合(USW)は、日本製鉄による買収が決まれば、年金、医療・福利厚生制度を含む既存の労働協約が保障されなくなるのではないかとの懸念を示している。日本製鉄は基本的な労働協約を保証するとの立場を表明しているとされることを考えると、USWはより良い条件を確保するための交渉戦術として、このような主張を繰り返していると考えられる。
トランプとバイデンがそろってこの問題に強い関心を示すのは、両者が労働者の票を確保したいと考えているためである。USスチールの本社のあるペンシルベニア州は、ラストベルトと呼ばれるかつての製造業の中心地帯にあり、大統領選挙の接戦州である。
以前の「【解説】米大統領選挙に投じられる大半の票は無駄?トランプでもバイデンでもない第三の候補が結果を決める可能性」でも指摘したとおり、米国の大統領選挙は50州と首都ワシントンDCに割り振られた大統領選挙人の数をめぐって争われるが、40以上の州では既にどちらが勝利するか決まっているといっても過言ではない。いくつかの接戦州の結果で勝敗が決まる可能性が高い。
ラストベルトの勝敗を左右するとされるのが、白人労働者層の票である。16年大統領選挙ではトランプが彼らの票をまとめたこともあって民主党のヒラリー・クリントンに勝利したが、20年大統領選挙ではバイデンがそれを取り返したことでトランプに勝利した。
彼らは、第二次世界大戦後の米国の経済的繁栄は白人労働者層によって築かれたと考えているが、産業構造が変化しオートメーション化が進んだ現在では、彼らの社会経済的地位は低下している。彼らは成功した白人の富裕層から見下されていると感じている。また、黒人や移民などのマイノリティからは積極的差別是正措置という逆差別を受け、家庭内では妻に見下されているというような、幾重もの被害者意識を持っているとされる。
このような状態にあるため、彼らは、経済的な利害というよりは、自分たちの尊厳との関係で物事をとらえる傾向が強い。彼らの自尊心は、福祉に依存している貧困者とは違い、働いて納税しているという所にあるため、彼らの雇用に対する関心は極めて強い。
また、2040年代のいずれかの時点で米国の中南米系を除く白人の人口比率が半数を下回ると予想され、移民増大が社会的不安を惹起している中で、アメリカ的なものに固執して外国のものに忌避感を示す傾向もある。