これら白人労働者の尊厳をめぐる諸問題が、ある種のナショナリズムや排外主義、セキュリティと関連する中で、米国の製造業を象徴するUSスチールの外国企業による買収問題が発生した。USWが雇用に対する懸念を表明する状態になり、白人労働者層は何らかの対応を大統領候補に求めるのである。
バイデン政権の貿易・経済政策の基本方針は?
先ほども指摘したように、トランプのみならずバイデンまでもが、日本製鉄によるUSスチールの買収問題に関して経済的合理性を無視した判断をしたことが、対外投資を検討している外国企業を疑心暗鬼にさせている。この不安は、そもそもバイデン政権が目指している貿易・経済政策の基本方針が明確でないところにも起因している。
トランプ政権の貿易・経済政策は、関税率10%という主張に象徴されるように実効性には疑念はあるものの、比較的明確である。だが、バイデン政権の基本方針はわかりやすいとは言えない。
バイデン政権の貿易・経済政策の基本方針を示したとされるのが、23年4月にジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官がブルッキングス研究所で行った演説である。同演説でサリバンは、新自由主義的経済政策の行き過ぎが産業空洞化と雇用喪失を招いたとの認識に基づき、地政学的リスクや気候変動、製造業労働者の利益などを考慮した産業政策を行うことで、中間層を再興することを外交政策の基本と位置付けた。
この演説は、米国の中間層の利益を守ること、安全保障上必要な生産・経済活動を重視すること、先端技術を重視すること、民主主義・自由・人権などを擁護すること、気候変動対策の重要性など、バイデン政権が重視する価値を明確にするとともに、それらを巧みに訴えたものだった。
この方針をサリバン・ドクトリンと呼ぶ論者もいるが、サリバン演説は観念的で具体性に乏しく、バイデン政権の対応を予測するのに必ずしも役立たない。決してドクトリンと呼ぶのにふさわしくないものである。その後、米通商代表部(USTA)のキャサリン・タイも演説で、労働と環境にかかわるポストコロニアルな貿易パラダイムを提唱したとされるが、こちらも同様に具体性に乏しくわかりにくいものであった。
そもそも、バイデン大統領は、必要に応じて原則や理念を掲げるものの、彼自身の行動は必ずしもそれに縛られていないことが多い。1970年代から連邦議会議員を務めていたバイデンは、司法委員会や外交委員会で長を務めてきたが、委員長の時代に主張していたことと現在では全く主張が異なっている。
むしろバイデンは、その時々の党や世論の雰囲気を察知し、それに基づいて行動することで、外交通、事情通としての評判を得てきた人物である。ある意味現実問題への対応を重視したプラグマティックな行動がその最大の売りなのだが、これを基に政権の方針を理解しようとするのは困難だと言わざるを得ないだろう。
日本企業が知っておくべきこと
近年の米国政治は、「二つのアメリカ」と呼ばれるほどまでに分極化して対立が激化しているのみならず、二大政党の勢力が均衡している。このような状況が続く限り、次の選挙を念頭に置いた行動ばかりがとられることになる。
米国は今や、覇権国として国際秩序を作り上げ、その責任を負う姿勢をとらなくなっている。米国と関わりを持つ日本企業も、米国の主要政治家が選挙対応を想定した行動ばかりとっているという現実に直面する必要があるだろう。