2024年9月29日(日)

勝負の分かれ目

2024年5月18日

引退のきっかけにもなった羽生結弦の存在

 そんな宇野の前に偉大な背中を見せてくれた存在がいた。14年ソチ五輪、18年平昌五輪で2連覇を果たし、「絶対王者」と呼ばれた羽生結弦さんだ。

 オフアイスに見せる柔和な表情とは一転、リンクに立てば闘争心をたぎらせ勝負強さを見せつける絶対王者。性格的に強い向上心を持たない宇野さんにとって、羽生さんの存在は大きな刺激になった。

 フィギュア男子をスポーツを超えた存在へと押し上げた「ゆづくん」に導かれるように、自らを高めていく。

 平昌五輪シーズンは、羽生さんはけがのアクシデントに見舞われて欠場が続いた。このころ、宇野さんは自らに注目が集まる状況に戸惑いすら見せていた。羽生さんが戻り、平昌五輪の頂点に立ったとき、宇野さんも銀メダルを獲得。日本勢でワン・ツー・フィニッシュを成し遂げた。

平昌五輪では、羽生結弦(右)とワンツーフィニッシュを飾った(Jean Catuffe /ettyimages)

 22年北京五輪で金メダルを獲得したネーサン・チェン(米国)が4回転ルッツなど高難度のジャンプで競技のレベルを押し上げた。羽生さん、チェン……、フィギュア男子は競技の歴史を紐解いても、過去にないハイレベルな戦いが繰り広げられ、宇野さんもその一角として躍動。「2人は人間性も素晴らしく、僕にとっては雲の上の存在で、いつか同じ立場で戦いたいと常々思うすごいスケーターでした。どうしてもすごい成績を残してやるぞというよりは、毎日(の練習で)ベストを尽くし、目の前の試合で良いものを出すという思いでやってきました。(2人の場所まで)たどりつけたかはわからないですが、僕なりの全力のフィギュアスケート人生を送れたかなと思っています」と充実した日々を過ごしてきた。

 しかし、羽生さんは22年7月にプロスケーターへと転向し、ネーサン・チェンも北京五輪後は競技大会から離れている。

 宇野は引退会見で、引退を考えたのは2年前くらいと明かした。時期が重なる。

 「ゆづくんやネーサンら、ずっとともに戦ってきた仲間の引退(休養)を聞いて、すごくさびしい気持ち、取り残された気持ちから、引退を考えるようになりました」


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