プーチンのロシア

2022年2月17日

»著者プロフィール
閉じる

佐々木正明 (ささき・まさあき)

ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

1971年岩手県生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業後、産経新聞社に入社、大阪社会部、モスクワ支局長、リオデジャネイロ支局長、運動部次長、社会部次長を歴任。特派員として五輪・パラリンピックやサッカーW杯を取材した。2021年春から現職。著書に『恐怖の環境テロリスト』(新潮新書)、『シー・シェパードの正体』(扶桑社新書)。

 北京五輪はまたもやロシアのドーピング禍の深い闇を国際社会にさらすイベントになった。

 フィギュアスケート女子で個人戦に出場したロシア・オリンピック委員会(ROC)代表のカミラ・ワリエワ選手は昨年末の大会で、禁止薬物のトリメタジジンが検出され、出場の是非がスポーツ仲裁裁判所(CAS)の判断を仰ぐ事態となった。この問題には、ワリエワ選手や彼女のコーチのエテリ・トゥトベリーゼ側の五輪前の選手の体調管理の拙さという単純な構図ではなく、これまであらゆる競技のスポーツ界を揺るがしてきたプーチン政権下の泥沼の薬物汚染の実態ということが背景にある。

昨年末の大会で、禁止薬物のトリメタジジンが検出され、北京五輪の出場是非が問われているカミラ・ワリエワ選手(PA Images/アフロ)

 2月17日に結果が出た北京五輪フィギュアスケート女子で、ワリエワ選手はドーピング騒動の重圧が響き、ことごとく得意の4回転ジャンプを失敗。結果は自身が持つ世界記録から50点も低い4位だった。15歳のスケーターやその関係者がドーピングに関与したとされる問題の衝撃は大きく、フィギュアスケートのルール改変の動きも出ている。

スポーツの政治利用という悪弊

 プーチン政権はスポーツを国威発揚のために積極的に活用し、世界の大国であることを示すため、極端な選手強化策を推進してきた。2014年ソチ五輪で明るみになった組織ぐるみのドーピング問題では、パラリンピックの選手までも薬物汚染に染まり、悪名高きソ連時代の諜報機関である国家保安委員会(KGB)の後身組織であるロシア連邦保安庁(FSB)が隠ぺいに関わり、告発しようとした関係者が不審死する事態にも陥っている。

 高難度のジャンプとステップを次々に決め、しなやかな表現力で演技するワリエワの才能はフィギュア大国のロシアにして「史上最高のスケーター」とされ、そもそもドーピングなどに手を染めなくても、今大会の金メダルは確実な情勢になっていた。

 スポーツに不正はあってはならない。しかし、誤解を恐れずに言えば、15歳の少女が金メダル欲しさに禁止薬物に手を出すことは考えられず、周りにいる大人にこそ咎めはある。そして、ロシア国内では今回もこのドーピング問題を欧米主導の陰謀によってロシアを落とし込める口実にしているとして、大きな非難が沸き上がっている。ウクライナ危機とごちゃまぜにしている論調もみられる。

 個人戦を前にして「精神的にどん底に陥った」と嘆いたワリエワ。彼女は過去にドーピングに染めてきた人物たちが起こした騒動や、スポーツを政治利用してきたロシア歴代政権の悪弊に引きずられた犠牲者なのである。

ワリエワへの疑惑と裁判所の判断経緯

 ワリエワのドーピング問題にはさまざまな情報や憶測が飛び交っている。事態を冷静に振り返るため、この問題のポイントを箇条書きにて整理したいと思う。

・禁止薬物は21年12月25日に行われたロシア選手権での検査から採取された。検出されたのは心臓の病気である狭心症などに使われる薬「トリメタジジン」。モスクワ市内の薬局などでも市販されており、購入することができる。

・北京五輪フィギュア団体戦終了後の2月7日にロシア反ドーピング機関(RUSADA)が国際オリンピック委員会(IOC)に報告。検査の結果通知が遅れたことが期間中の報告になった。

・国際オリンピック委員会(IOC)はワリエワ選手の大会期間中の試合への参加を禁じ、団体戦のメダル授与式も中止に。その後、RUSADAはワリエワ側の抗議を受け、暫定資格提出処分の解除を決定し、出場継続を認めた。IOCや世界反ドーピング機関(WADA)がこれを不服として、CASに提訴し、ワリエワ側に聴取をして14日に訴えを却下し、五輪出場を認めた。

・CASが五輪出場を認めたのは、ワリエワ選手がWADAの規定する16歳未満の「要保護者」にあたり、制裁が軽減されたから。この状況下で出場を禁じれば、機会を奪い取り返しのつかない損害をもたらすことも理由にした。

関連記事

新着記事

»もっと見る