・今回の裁定は暫定的な処分であり、陽性反応が出たことや団体戦の結果については検証対象になる。個人戦の結果についても、変わる可能性がある。
・CASの聴取に対して、ワリエワ選手は「途中20分の休みしかない状況で7時間質問を受けた」と説明。ワリエワ選手の母親と弁護士は「昨年クリスマスに心臓病を患い、薬を服用していた祖父と同じワイングラスを使って、ワリエワが誤って口にしたからだ」と状況を説明した。
・CASが判断の理由を示した文書では、ワリエワ選手の祖父は練習会場まで車で送り迎えしており、車の中に「トリメタジジンMV」の錠剤があったと説明。ワリエワ選手は19年8月から定期的にドーピング検査を受けており、ドーピング陽性が出た21年12月25日を前後する同年10月30日、22年1月13日に加え、北京大会期間中の2月7日の検査でも陰性だった。
・15歳の少女が自分の意志で禁止薬物を採取することは考えにくく、WADAはRUSADA関係者や、トゥトベリーゼ氏らコーチ、さらにはチームドクターらへの聞き取り調査を行うことを発表。調査結果をその後、発表する。
・トゥトベリーゼはロシアメディアに対して、「ワリエワは過去3年間でも最高の状態にある。どんなドーピングでも4回転を跳ぶことの助けにはならないし、音楽的な演技を表現する能力を授けたりはしない」と話して、ドーピング疑惑の潔白を訴えている。
・「ワリエワ・ショック」の余波は大きく、IOCのバッハ会長は「未成年がシニア大会に出場する際の懸念がある。私たちは適切な措置を取ることをためらわない」と指摘。国際スケート連合(ISU)は五輪や世界選手権を含むフィギュアスケートのシニア大会の出場年齢制限について、現行の15歳から17歳への検討を引き上げていることも明らかにした。
フィギュアはじめスポーツ選手と薬物の歴史
・フィギュアスケートでのドーピング違反は他の競技に比べても極端に少ない。しかし、ロシアでも違反例はあり、17年グランプリ(GP)ファイナル2位のマリア・ソツコワ氏から利尿剤に含まれるフロセミドが検出され、その事実を隠蔽しようとしたとして、RUSADAが10年間の競技出場資格停止処分を発表した。
・トリメタジジンは健常者が使うと疲労回復や持久力の向上作用があるとされ、ノルウェーの「アンチドーピングデータベース」によると、過去の摘発例は20件で旧ソ連圏が多い。国別内訳はロシアが8件、ウクライナと中国が3件。エストニアが2件。米国、カザフスタン、ジョージア、フランスが各1件。競技内訳は陸上5件、競泳4件、ボート、レスリング2件ずつなど。8人の選手が4年間の資格出場処分、4人が2年間の処分。
・トリメタジジンと同系統のメルドニウムはロシア選手の陽性事例が相次いでいる。16年にはテニス界の名選手、マリア・シャラポワ氏もメルドニウムによる陽性反応が出たことを公表している。18年平昌大会ではロシアから参加した女子のボブスレー選手と男子のカーリング選手の2人から検出された。ボブスレー選手は失格となり、カーリングチームはメダルのはく奪となった。
・14年ソチ五輪後のロシアの組織ぐるみのドーピング禍を訴え、現在は米国に逃亡しているモスクワの反ドーピング検査所元所長のグリゴリー・ロドチェンコフ氏が英紙デイリーメールの取材に対し、「トリメタジジンはかつてロシアのスポーツ界で乱用された長い歴史がある。2006年にスウェーデンで行われた欧州陸上選手権で、ロシア人選手のホテルの部屋からトリメタジジンの使用済みパックとメルドニウムの空(から)の瓶が見つかった」と指摘した。
ロシアでは「不正の域を超えた犯罪」
フィギュアスケート界のトップを走る15歳の少女の体内から、禁止薬物が検出されたことには大きな衝撃があるが、演技のレベルをあげるために意図的に採取したのかどうかについては、こうして正負の相反する情報があり、真相はなおも闇の中だ。WADAは、ロシア選手権の際に採取したワリエワの検体Bを再度、詳細に調べることも行うだろう。
この問題をめぐっては、米国オリンピック・パラリンピック委員会や韓国のフィギュアスケートのスター、キム・ヨナさんからもワリエワのドーピング疑惑について、厳しいコメントが出ている。これはロシアのスポーツ界にはソ連時代から続くドーピング禍がはびこり、14年ソチ大会で明らかになった組織ぐるみのドーピング問題の「不正の域を超えた犯罪」(WADA調査報告書責任者、リチャード・マクラーレン氏の言葉)の衝撃がなおも大きいからだ。