自然環境によって規定されている生態系を崩すとどういうことになるのか。人類学者の今西錦司は、ほかの大陸と切り離されている豪州の有袋動物(カンガルーなど)を例にとり、「他の大陸からのより進んだ哺乳類が侵入すれば、滅亡するだろう」と述べている。エサとなる動植物の環境も同じである。
当面の対応策
私たちがすぐにでもやらなければならない対策はまず、ほかの野生動物も含めて給餌をしないことである。
クマの嗅覚は数キロメートル先の匂いをかぎ分ける。クマが生息する森林のハイキングコースなどで他の野生動物に給餌することも、クマに里の味を覚えさせることにもつながる危険な行為である。
米国の国立公園では、レンジャーが徹底して給餌を取り締まる。ここは人間の責任にかかる分野なので、場合によっては罰則付きの厳しい規制も必要になるだろう。
食べ物を捨てても、野外に保管もしてはいけない。かつての登山仲間から聞いた話だが、北アルプスのキャンプサイトで、ある大学のパーティーが野営した。睡眠用テントと食料用テントを分けて一夜を過ごしたところ、翌朝、食料用テントだけがすっかりクマに荒らされていたというのだ。食料を持ち込まなかった人間のテントにはまったく被害はなく、胸をなでおろしたそうである。
繰り返しになるが、人や家畜、里の食物の味を覚えたクマは、山に戻しても、必ず再び里に来るのである。決して味を覚えさせてはならない。
また、基本的には、クマのテリトリーに入ってはいけない。避けられない場合で山中に入るときは、ラジオ、鐘・鈴など大音声を出すもの、クマよけスプレー、煙火などを必ず携帯する。
ちなみに、筆者の自宅がある長野県の安曇野地域では、秋になると、ホームセンターに、これらのグッズが販売される。穂高山中にあるホテル(穂高ビューホテル)では、「山道を散策する場合に備えて鈴のついた杖」を貸し出す。
そして、最も大事なことは、かわいいからといって、子グマには近寄らない。必ず母グマが近くにいる。子グマは、おとなしくない、かわいくない。「森のクマさん」は忘れ、「子グマと温泉混浴」も止めて、野生動物と距離を置く。
中期的には
急がれるのは緩衝帯の整備(ゾーニング)である。手入れされていない里山林、耕作放棄された農地がクマの隠れた行動を助長する。
これは、見通しをよくし、クマからも、人間からも姿が見えるようにすれば、警戒心の強いクマは、里に近づかない。また、場合によっては、大家畜である肉牛の放牧も効果があるだろうし、雑草除去の点からはヤギの活用もよいと思うがどうか。
賢いクマは、雑草木に紛れて行動する。長野県松本市に近い高瀬川では、北アルプス山中のクマが高瀬川の河川敷を下ってきたケースもある。人と里の怖さをクマに覚えさせるには防護柵(二重電気柵)も必要だろう。