この熱き人々

2013年12月13日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 この仕事の成功の後、97年には京都駅ビルにできた日本初のイリュージョン・シアターの総合技術監督に抜擢され、杮(こけら)落とし公演「ジャニーズ・ファンタジー KYO TO KYO」を成功させ、それが芸能界からの依頼に繋がっていく。

 デューク松山の足跡を追っていくと、まるで帽子の中から次から次へと色とりどりの万国旗が出てくるような不思議な気分になる。色も模様も違うけれど、1本の紐から決して外れることはなく、途切れることもない。幻想を生み出すイリュージョンを支える柱になっているのは、実人生で懸命に生きてきた中で出会い、築いてきた人間関係であり、さまざまなステージで心身に実際に叩き込んできた感覚や経験則なのである。とことんリアルの土壌から、思い切りファンタジーの芽が出ているような感覚もまた不思議。

 アメリカの華やかなイリュージョンの世界を遠くに夢見て、ついに自らの創り上げたイリュージョンでアメリカの称賛を得た松山が今求めているのは、日本の伝統文化を生かした芸術性の高いイリュージョン・ショーを創ること。

 「おとぎ話や神話もみんなイリュージョンですよね。子どもの頃の“畏れ”を感じるもの、海外の人が日本を感じられるものを目指したいですね」

自ら育てた次世代のイリュージョン・ユニット「WiZ(ウィズ)」も活躍中

 小学校3年の時に「奇跡だ」という驚きが導いたマジカルワールドへの道は、確かな大きな花を咲かせた。これまでで一番うれしかった出来事は、という問いに「マジックをやることに反対していた両親が、紅白歌合戦での仕事を見て『よくやった』と初めて僕を認めてくれたことかな」と、予想外の答えが返って来た。

 どんなに非現実を追い求めても、ずっと原点から足を浮かせることなく生きてきた。そんな確かな生き様が、幻想師の背後に隠しようもなく滲み出ている。

(写真:佐藤拓央)

デューク松山(でゅーく まつやま)
1956年、鹿児島県生まれ。小学生の頃からプロマジシャンに師事、高校卒業後2年間プロとして活動した後、上京して本格的に演技・演出を学ぶ。劇団やサーカスで経験を重ね、その人脈と知識を生かしテーマパークやサーカス、多くのアーティストのショーや舞台、テレビ番組など幅広いジャンルでマジック、イリュージョンの演出、制作を手がけている。

◆「ひととき」2013年12月号より

 

 

 

 
 

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