2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2024年7月13日

元糺の池に立つ三柱鳥居の謎

 2つめの「謎」は、境内の元糺の池には、全国的にもきわめて珍しい三柱(みはしら)鳥居が立っていることである。これは鳥居を3つ組み合わせたもので、真上から見ると、正三角形が中心の組石を囲む形体をしている。

本殿の西側に広がる「元糾の池」の中に立つ(著者撮影)

 いつからここに三柱鳥居が立っていたのかは不明なのだが、現在のものは江戸時代の享保年間(1716~1736年)に修復されたものだというので、それ以前から存在していたことになる。

 なぜこんな不思議な鳥居が建てられたのか。創立年代同様このこともよくわかっておらず、そのため諸説が唱えられているが、ここでは古代史研究家の大和岩雄氏が主張した有名な説を要約するかたちで紹介しておきたい。

 「三柱鳥居によって構成される三角形のうち、底辺の中央と上方の頂点を結ぶ垂線の延長線上には双ヶ丘がそびえている。双ヶ丘は秦氏の有力者が葬られている古墳(双ヶ丘古墳群)があるところであり、秦氏の祖霊が眠る聖地である。

出所:『秦氏の研究』より 写真を拡大

 次に、三角形の右辺中央と左端の頂点を結ぶ垂線は、東側が比叡山系の主峰四明岳を、西側が松尾山を指し示している。三角形の中心(三柱鳥居の中心にある組石)から見ると、夏至の朝日は四明岳の方角から昇り、冬至の夕日は松尾山の方角に落ちる。松尾山は秦氏が祀る松尾大社の神体山である。

 三角形の左辺中央と右端の頂点を結ぶ垂線は、東側が稲荷山を、西側が愛宕山を指し示している。三角形の中心から見ると、冬至の朝日は稲荷山の方角から昇り、夏至の夕日は愛宕山の方角に落ちる。稲荷山は秦氏が祀る伏見稲荷大社の神体山である。

 つまり、三柱鳥居は冬至・夏至の朝日・夕日を遙拝するための鳥居である。しかも、三柱鳥居が形成するトライアングルの頂点はそれぞれ、双ヶ丘・稲荷山・松尾山という秦氏の聖地を指し示している」(『秦氏の研究』『日本の神々 第五巻 山城 近江』)

 この説が正しければ、ハレの日に太陽(=アマテル)を崇めるために、自族の聖地の結節点に秦氏が創建したのが、木嶋天照御魂神社である、ということになろう。

 また、下鴨神社の社叢を「糺の森(ただすのもり)」と呼ぶが、「糺」の名は、木嶋社の元糺の池を移したもので、そのため「元糺」と言うのだという伝承がある。この池は禊の行場であったところで、「タダス」という名は禊によって心身を正しくすることに由来することになるらしい。真偽不詳の伝承だが、松尾大社の縁起の場合と同様に、秦氏と賀茂氏の結びつきが示唆されているところが興味をひく。

 木嶋社の三柱鳥居をめぐっては、これを景教(キリスト教ネストリウス派)の遺物であると断じた、明治時代に唱えられた有名な学説もある。秦氏の里太秦の地に残る社寺には、解きがたい謎が多いようである。

 
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