多極化を信じたいインド
だから、モディ首相がなぜ今、モスクワを訪問したのか、わからないでもない。ただ、実際に、ロシアが中国に依存している現状を見ると、中国対策でロシアとの協力を模索するインドの姿勢がどこまで機能するのか、疑問に思えてくる。それでもなお、インドでは、ロシアへの期待がある。なぜか。
その原因の一つは、インドが期待する世界の将来像にあるものと思われる。インドは、世界が多極化することを望み、そうなると信じかけている。そして、その中でインドは数多くある極(世界政治に影響力を持つ大国)の1つとして、ケース・バイ・ケースで他の極にあたる国々と、連携したり、対立したりしながら、うまく立ち回る、そういった将来像を考えている。
だから、極になりそうな大国との関係はすべて保っておきたい。米国だけでなく、ロシアとも、ヨーロッパとも、日本とも、他のグローバルサウスの新興国との協力も、みんな保っておきたいのである。
このような多極化の議論がインドで盛り上がるのは一定のパターンがある。米国が弱く見えるときに盛り上がり、米国が恐く見えるときは沈静化するという傾向だ。
オバマ政権末期、シリア政府が化学兵器を使ったら米国は介入するようなメッセージを出したときがあった。ところが、実際に化学兵器が使われたのに、オバマ政権は介入しなかった。
この直後、中国は南シナ海で人工島建設を開始し、ロシアはクリミアを併合したことがある。この時、インドでは多極化世界についての議論が盛り上がった。米国の影響力が落ちているように見えたからである。
しかし、その後、情勢が変わった。トランプ政権が成立すると、世界中で「予測がつかない」として、トランプ大統領の行動に注目が集まった。そして、世界中が米国の大統領の行動を恐れ、大胆な行動をしなくなった。この時のインドでは、多極化の議論もまた、盛り上がらなくなった。
そして、現在のバイデン政権がアフガニスタンからの米軍撤退で、格好の悪い状態を露見すると、また、多極化の議論が盛り上がり始めた。ロシアのウクライナ侵略、米国が進めたイスラエルとサウジアラビアの国交正常化交渉の実現が危ぶまれるにしたがって、ますます、米国が弱く見られるようになっている。そうすると、インドで、多極化の議論が盛り上がるのである。
モディ首相は、なぜ今、モスクワを訪問したのか。インドでは多極化世界が来るものと信じる雰囲気が盛り上がっている。その上で、もしトランプ政権が成立したらできないことは、今のうちにやっておくのである。