「良いニュース」と「悪いニュース」どちらが減量効果で優るか
実は、このように私がポジティブなメッセージをT.H.さん伝えたことには、それなりに臨床研究のエビデンスを意識してのことだ。
「患者に減量を提案する際、減量の利点を強調するフレームワーク(「良いニュース」アプローチと呼ぶ)は、過度に肥満のリスクを強調するフレームワーク(「悪いニュース」アプローチと呼ぶ)よりも優れているか?」という臨床上の疑問に答えを出すために行われた研究があるのだ。
英国イングランドの38カ所の家庭医診療所で働く87人の家庭医と246人の肥満患者との診察時の会話を録音して詳細に分析した23年発表の研究での主な結果は次の通りだ。
「良いニュース」アプローチでは83%が減量プログラムに参加したのに対し、「悪いニュース」アプローチでの参加率は43%だった。そして「良いニュース」アプローチでは12カ月経過した後の体重が4.79キロ減少したのに対し、「悪いニュース」アプローチでは2.74キロの減少にとどまった。通常、日本では3%以上の減量(100キロの人で3キロ以上に相当)を当面の目標としているので、両者の違いは大きい。
具体的なアプローチの内容は下記の通りである。
「良いニュース」アプローチは、減量のメリットを主張する、患者が取り組む負担を最小限に伝える、ネガティブなことを伝える際の事前告知を簡単にする、取り組みへの個人的な立場を尊重する、この取り組みが健康増進への良い機会であるとポジティブに伝える、など。
一方で、「悪いニュース」アプローチは、肥満症の問題を主張する、患者が取り組む負担を強調する、ネガティブなことを伝える際の事前告知を長々と話す、取り組みへの個人的な立場を考慮しない、臨床上の問題に必要な医学的解決策を列挙する(「自分の方が患者より知識が豊富である」と医療者が思っているように患者が受け取りかねない)、など。
この臨床研究がそっくりT.H.さんと私の会話と同じ条件ではないにしても、彼はその日の診察の終わりに、私に説明に対しての感謝を述べてからこう語ってくれた。
「先生、今日最初に言ってたことと違ってきまり悪いんですけど、肥満症の治療薬については、もう少し考えてからにして、やっぱりもう少し健康増進をしてからにしようかなと思えてきました」
「そうですか、それは良かった!T.H.さんはこれまで1年以上取り組んでこれたんだから、これからもきっとできると思います。繰り返しになりますが、これは良いチャンスなんです」
「そんなに励ましてもらえると照れますね。でも、もしまた『失速』したらバックアップをお願いしますね」
「もちろんです!」