2024年10月1日(火)

孤独・孤立社会の果て 誰もが当事者になる時代

2024年10月1日

 24年6月21日に群馬県が発表した桐生市への特別監査の結果では、親族からの仕送りの実現性が確認できないにもかかわらず、収入があったとみなして生活保護を却下した事案が多数にのぼった。

 その内容は、①施設職員が代筆した行方不明の長男名義の扶養届を根拠に生活保護を却下、②扶養届に金銭的な援助が「できません」にチェックされていたものを、不足額を「援助します」と訂正して生活保護を却下といったものである。監査では、面接記録約450件のうち、70件以上に不適切な対応が認められたという。

家族主義から個人主義の変化
制度をどう対応させるのか

 親亡き後のひきこもりの生活保障は誰の責任なのか。メディアも、研究者も、福祉関係者も、そして国民の多くも見て見ぬふりをしている。しかも、ひきこもりになった原因や本人・家族の置かれている環境は多種多様であり、現時点で、再現性の高い具体的な解決策を見出すことは困難である。

 筆者は、支援という言葉は〝魔法の杖〟であり、メディアが美談を報じるほど、解決策があるかのように錯覚し、むしろ、「誰が生存を保障するのか」という問題の本質を隠してしまう可能性もあるのではないかと考えている。

 「親族が面倒をみるべきだ」と言っても、「全て生活保護制度で保障すればよい」と言っても、どちらにしても厳しい反論が予想される。反発を避けるために、当事者等の立場に立った〝支援〟という曖昧な表現が使われている。

 ここでいう〝支援〟とは何を指すのか。NPOなどの〝支援〟で、社会が望む〝美談〟に至らないケースはどうするのか。

 仮に当事者がひきこもりを続けることを希望し、親族が支えるのは困難だといった時に、当事者等の立場に立って、どのような対応をするのが〝支援〟なのか。それは、ひきこもりの怠慢を責めてさらに追い詰めることや、親族に「家族なのだから面倒をみるのが当然だ」と迫ることなのだろうか。

 生活保護法成立時に厚生省社会局保護課長だった小山進次郎は、自著『生活保護法の解釈と運用』(全国社会福祉協議会)で扶養義務の取扱いを次のように説明している。

 「公的扶助に優先して私法的扶養が事実上行われることを期待しつつも、これを成法上の問題とすることなく、単に事実上扶養が行われたときにこれを被扶助者の収入として取扱うものである。(中略)

 なお、単に民法上の扶養といい、英国や米国の例に見られるように生活保持の義務に限定しなかったのは、我が国情が未だ此処迄個人主義化されていないからである」

 生活保護制度が成立したのは1950年のことである。この間、家族主義から個人主義へと国民の意識は大きく変化した。一方で、70有余年の歴史を経て扶養義務の取り扱いは変わっていない。それどころか、扶養義務をあたかも強制であるかのように説明し、利用者やその親族の尊厳を傷つけ、権利を侵害する事例が生まれている。社会のあらゆる分野で、当事者やその家族の立場に立った対応を進めると宣言した「孤独・孤立対策推進法」との距離は、あまりにも遠い。

 どうすればよいか、筆者にも明確な答えはない。ただ一つだけ言えることがある。それは、当事者等の立場に立とうとするなら、まずは困難な状況にある人たちの訴えに耳を傾け、現実的な解決策を探ることから始めなければならない。

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Wedge 2024年10月号より
孤独・孤立社会の果て 誰もが当事者になる時代
孤独・孤立社会の果て 誰もが当事者になる時代

孤独・孤立は誰が対処すべき問題なのか。 内閣府の定義によれば、「孤独」とはひとりぼっちと感じる精神的な状態や寂しい感情を指す主観的な概念であり、「孤立」とは社会とのつながりや助けが少ない状態を指す客観的な概念である。孤独と孤立は密接に関連しており、どちらも心身の健康に悪影響を及ぼす可能性がある。 政府は2021年、「孤独・孤立対策担当大臣」を新設し、この問題に対する社会全体での支援の必要性を説いている。ただ、当事者やその家族などが置かれた状況は多岐にわたる。感じ方や捉え方も人によって異なり、孤独・孤立の問題に対して、国として対処するには限界がある。 戦後日本は、高度経済成長期から現在に至るまで、「個人の自由」が大きく尊重され、人々は自由を享受する一方、社会的なつながりを捨てることを選択してきた。その副作用として発露した孤独・孤立の問題は、自ら選んだ行為の結果であり、当事者の責任で解決すべき問題であると考える人もいるかもしれない。 だが、取材を通じて小誌取材班が感じたことは、当事者だけの責任と決めつけてはならないということだ――

 


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