2024年9月28日(土)

BBC News

2024年9月28日

ジェレミー・ボウエン国際編集長、BBCニュース(エルサレム)

中東がいっそう深刻な戦争の瀬戸際にあるなどと、そのような話をしている場合ではなくなった。イスラエル軍は28日、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師を殺害したと発表した。こうなった以上、中東は戦争の瀬戸際にあるのではなく、まるで戦争に転がり落ちているかのような感じがする。

イスラエルは27日、レバノン・ベイルートのヒズボラ本部だと彼らが主張する標的に、壊滅的な攻撃を加えた。

ベイルート市内にいた人たちによると、大規模な爆発の連続だったそうだ。市内で暮らす私の友人も、レバノンの過去のどの戦争でも、これほどの強力な爆発は聞いたことがないと話した。

救助隊ががれきの間を捜索するなか、ヒズボラはナスララ師の安否についてコメントしていない。

ナスララ師を殺害したと発表したイスラエルにとって、これは大敵に対する過去最大の勝利だろう。その確信はいっそう強まっているはずだ。

イスラエルは兵士の動員を増やしており、そのペースを拡大したい様子だ。レバノンへの地上侵攻さえ考えているかもしれない。

これはとてつもない事態の激化だ。過去11カ月の間に双方が攻撃と反撃を繰り返してきたもものの、これまでは、どちらかというとイスラエルのが圧力をかけているという状態だ。

しかしここへきて、イスラエルは大攻勢をかけると決めた。

今回の成果に大喜びしているだろう。というのも、イスラム組織ハマスとの(自分たちが想定していなかった)戦争とは異なり、ヒズボラに対する戦争はイスラエルが2006年から計画してきたものだからだ。その計画を、イスラエルはいま実行に移している。

ヒズボラはとてつもない難局に直面している。指導者が死亡したというイスラエル軍発表が本当かどうかにかかわらず。

ヒズボラのロケット弾は28日朝にも、またイスラエル領に着弾した。標的はこれまでよりさらに南に進んでいる。つまりヒズボラも反攻しているのだが、今は不透明な局面だ。

その不透明性こそ、危険の一部だ。何カ月も続いた消耗戦は展開が予測可能で、当事者は自分がどういう状況にあるのか承知していた。しかし今は、まったくそれがわからない状態だ。

停戦へのかすかな期待も、「攻撃継続」と

27日早朝の時点では、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相には少なくとも、21日間の即時停戦案について協議する用意があるのではないかと、わずかながらでも期待されていた。アメリカとフランスから出されたこの停戦案は、イスラエルの最も重要な西側の同盟国の支持を得ていた。

しかし、米ニューヨークで開かれた国連総会でのネタニヤフ氏の演説は、例によって強硬で、あらゆる非難を跳ね返し、時に攻撃的だった。そして、外交への言及はなかった。

自分たちを消滅させようとする野蛮な敵と戦う以外、イスラエルには選択肢がないのだと、パレスチナ自治区ガザでハマスに完全に勝利してイスラエル人人質を確実に取り戻すしかないのだと、ネタニヤフ氏は言った。

自分たちは「屠殺(とさつ)場へ連れていかれる子羊」どころか、イスラエルは勝ちつつある――ネタニヤフ氏はこう述べた。「屠殺場へ連れられる子羊」という表現はイスラエルでは、第2次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人などの大虐殺(ホロコースト)を意味することもある。

ネタニヤフ氏の国連演説が終わるころに起きたベイルートへの大攻撃も、イスラエルはレバノンでの停戦合意など目指していないことを、いっそう強烈に示した。

むしろベイルート攻撃は、ネタニヤフ首相の警告を実行に移すため、タイミングを見計らったものに思える。イスラエルは敵がどこにいようと攻撃できるし、実際に攻撃するのだと。

米国防総省は、イスラエルのレバノン急襲について事前の警告はなかったとしている。

エルサレムにあるイスラエル首相官邸が公開した画像には、ニューヨークのホテルの一室とみられる場所で通信機器に囲まれたネタニヤフ氏が写っている。画像の説明文によると、首相がレバノン急襲を許可した瞬間に撮影されたものだという。

「傍観者」アメリカ

アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は数カ月にわたり取り組んできた政策は正しいと主張した。交渉の余地はまだ残されていると長官は話した。しかし、その主張は空虚なものに思える。

アメリカにはいずれの側に対しても、使える手段がほとんどない。ヒズボラや、パレスチナ自治区ガザでイスラエルと戦うイスラム組織ハマスは、アメリカなどからテロ組織に指定されているため、法律上これらの組織と対話することはできない。さらにアメリカは11月に米大統領選を控えており、昨年ほどイスラエルに圧力をかける可能性は低い。

昨年10月のハマスによるイスラエル奇襲からの数日、イスラエル政府と軍からはヒズボラ攻撃を望む声が強く上がった。レバノンにいる敵に決定的な打撃を与えることができるというのが、その意見だった。しかしアメリカはこれについて、そのようなことをすれば地域全体の問題を引き起こしかねず、それはイスラエルが得る安全保障上のどのような利益をも相殺してしまうと、レバノン攻撃を思いとどまらせたのだ。

しかしあれから約1年たち、ネタニヤフ氏はこの1年間、イスラエルの戦い方についてジョー・バイデン米大統領の意向に常に背き続けてきた。今回のベイルート急襲に使用された戦闘機や爆弾をイスラエルに供与したのは、バイデン政権だ。しかし、それにもかかわらず、バイデン大統領と政権幹部は、傍観者でいるしかなかった。

自分は長年常にイスラエルを支持してきたと、バイデン氏は自認する。そして大統領はこの1年、イスラエルに連帯し、支持し、武器と外交的保護を提供することで、ネタニヤフ氏への影響力を維持しようとしてきた。

イスラエルの攻撃はあまりにも多くの苦しみを生みだし、あまりに多くのパレスチナ市民を殺害していると、バイデン氏は繰り返してきた。

そしてそのバイデン氏は、イスラエルの戦い方を変えるようネタニヤフ氏を説得するだけでなく、イスラエルの隣にパレスチナ人の独立国家を樹立するという、いわゆる「2国家共存構想」を受け入れるようネタニヤフ氏を説得できると信じていた。

ところが、ネタニヤフ氏はこの案を即座に拒否し、バイデン氏の忠告も無視している。

ベイルートへの攻撃を受け、ブリンケン国務長官は、抑止力と外交を組み合わせることで、中東での戦争拡大を食い止めてきたという、自らの見解を改めて繰り返した。しかし、事態がアメリカの手に負えなくなるにつれて、ブリンケン氏は説得力を失いつつある。

今後どうなる

今後は大きな決断が待ち受けている。まず、ナスララ師の生死にかかわらず、ヒズボラは残された手持ちの兵器をどう使うか、決めなくてはならない。イスラエルに、大々的な反撃を仕掛けるのだろうか。ロケット弾やミサイルを倉庫に残したままにしておけば、イスラエルがそれをも破壊しに来るかもしれない――。ヒズボラはそう考えるかもしれない。

イスラエルもまた、非常に重大な決断を迫られている。同国はすでに、レバノンに地上作戦を行う可能性に言及している。今のところ、それに必要になると思われる予備役をすべて動員しているわけではないが、レバノン侵攻はイスラエル軍のアジェンダに含まれている。

レバノン国内では、地上戦になればヒズボラはイスラエルの軍事力をいくらか無効化できるかもしれないという見方もある。

イスラエルを強力に支える国々を含め、西側の外交官たちは、イスラエルに外交的解決策を受け入れるよう促し、事態を沈静化させようとしていた。その彼らは今や、無力感と共に、暗澹(あんたん)たる思いで、今の事態を見つめていることだろう。

(英語記事 Bowen: Huge Beirut strike leaves West powerless as Israel chases victory

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cglkz1lyze0o


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